2013年12月21日土曜日

組織間関係における競争構造――中国政府との共同研究

組織間関係における競争構造――中国政府との共同研究


○清家彰敏(富山大学)・馬淑萍(中国国務院)



1.序論
本研究は、中国政府と日本側研究グループにおける「日中産業競争力比較」共同研究2013年~2015年の基礎となる研究である。日本の有力企業は巨大な企業集団を作っている。中国の「中央企業」と呼ばれる中核国有企業100社は巨大な企業集団を作っている。
この企業集団に属する各企業の関係は、組織間関係論で理解される。本研究は、「競争」が組織間関係において、どのような機能を持っているかを問題とする。組織間関係の中の企業群は協調と同時に競争であり、また複社発注、委託車種配分などで競争させられる関係である。
 本研究は日中の企業集団における組織間関係において、競争の持つ機能と構造、管理、日本企業が優れた面については中国企業への理論移転について考察する。

2.日本政府における大蔵省主計官の査定と産業の特徴
 大蔵省(財務省)主計官の投融資ミックスを考慮する査定は、通商産業省など各省庁の原課の要求を通じて産業をドライブし、競争力を形成してきた。プロジェクトの規模総額を大きくするには、返済義務のある融資・借入の比率を増やせば大きくなる。その査定が戦後産業競争力形成の歴史を作った。
例えば、鉄鋼業は、最新技術を追求した大規模設備と投融資における借入の比率の大きさが産業競争力と企業間の激烈な競争の原因となった。企業の借入金の大きさは損益分岐点を押し上げ、高い操業度でなければ利益が出ない。操業度を上げるために、どの企業も最先端技術を追求、最有望市場の開拓を常に優先する。その結果、投資の矛先は時代ごとに刻々と変化せざるをえない。企業は、矛先をどちらへでも柔軟に変えうるように、多能かつ同質な組織になっていく。多能で同質な企業は棲み分けができないから相互に猛烈な競争を繰り広げる。
また最先端技術、最有望市場を狙ったインフラ、設備投資は、大蔵省(財務省)主計官の査定において好印象となる。主計官は、投融資ミックスで、返済義務のない予算、金利の安い政府系銀行の財政投融資の比率を高くし、プロジェクト、企業の返済負担を減らす。これが、主計官が日本の産業競争力を作り上げることに貢献してきた構図である。
 投融資における借入金の大きさがもたらした鉄鋼業の特徴は、造船、自動車、石油化学、電機業界、建設業などにも見られ、日本産業の特徴となった。この特徴の形成に主計官の投融資ミックスの影響が大きかったと思われる。このような企業間の多能化、同質化の競争は敵対関係における多能化、競争である。本研究は仲間同士、企業グループ内の多能化と競争化の利益について論じる。

3.日本の企業グループ
 日本の企業グループは、製造業では、①親企業が系列の部品企業から部品の安定供給を受ける。②内製化した場合の財務的、人的負担を軽減し、親企業本体をスリムにできる。③親企業は部品企業との間で、安定した受注と技術・経営指導、資金援助、長期計画など多面的情報提供を受ける。④技術の共同開発、改善、イノベーション、生産・物流の同期化(世界に広がる工場・サプライチェーンのジャストインタイム)を行う。企業グループは市場と組織の中間的存在であると規定できる。市場利用のコストより安いコストで取引が可能な場合には、組織化して生産要素を入手したほうが有利になる[1]。企業グループは市場を組織化する戦略の結果作られる。
製造業の企業グループは、親企業が部品を組み立てて最終製品を造るピラミッド型と親企業が先端素材・先端部品を多様化させて供給する逆ピラミッド型がある。ピラミッド型はトヨタ生産方式に代表されるトヨタグループが代表である。逆ピラミッド型は新日鉄住金グループが代表である。新日鉄住金の高炉が造る鉄鋼を全産業に供給する際、用途に合わせて加工する企業群である。ピラミッド型は規模の経済が、逆ピラミッド型は範囲の経済がグループの原理となる。ピラミッド型はトヨタグループが完成型のひとつと考えられるが、逆ピラミッド型はまだ未完の型で今回の日中産業競争力研究の課題と考えている。例えば、パナソニックがサムスン、アップルへ先端部品を供給する際、膨大な技術資源を活用し、顧客ごとに先端部品子会社を分社し、逆ピラミッド型グループを構築することは合理的である。

4.仮説
1)日本企業は、構成員に長期間にわたり競争させ、合理的な行動を組織構成員に行わせる。
2)日本企業の人事制度「ジョブローテーション」は構成員の多能化、汎用化、互換化を進める。
3)競争相手が増えるため競争は激しくなる。長期雇用のため、構成員間で長期間競争が起こる。
4)長期間競争は、企業の内部組織において、構成員に出世競争、改善競争、イノベーション競争を行わせ、企業は長期間連続的に革新される。
5)企業グループの経営においても、各企業を競争させ合理的行動を行わせることが可能である。
6)各企業を多能化、汎用化、互換化させることは、競争構造をつくる。
7)多能化することで競争相手が増加し、日本型経営の強みが内部組織の境界を越えて広がり、強みが企業グループ全体(組織間関係)でも発揮される。
8)長期間競争は、グループ全体の効率化、イノベーションを実現する。
9)柔軟な戦略が行えるようになる。

5.競争の企業グループにおける理論
日本企業におけるジョブローテーションは、入社から退社まで構成員を2年から3年のサイクルで人事異動させ、構成員の多能化、汎用化、互換化を進める。構成員は連続的に競争を続ける。競争は企業における効率的な生産方法を発見する[2]。また組織における権益と権限の不当な行使、機会主義的行動は「組織の失敗」をもたらす。組織の失敗も競争化は防ぐ。ハイエクから敷衍すれば、競争は個人だけでなく、企業などの組織に対しても生き残るための合理的な行動を強いる。
競争が企業に合理的行動を強いる。企業は合理的な存在ではなくても、経済競争で生き残るためには合理的でならざるをえない。ジョブローテーションにおける長期間競争が個人に合理的な行動を強いるように、企業に対しても合理的行動を強いることが可能である。それが、企業グループ内の購入部品における複社発注構造であり、トヨタグループで1980年代から機能した自動車の委託・受託競争構造「ボディローテーション」である(清家)。どちらも競争によって企業に合理的行動を強いる。競争を行わせるために、企業を多能化、汎用化、互換化しようとする構造が構築される。

6.企業互換部門と競争構造

 企業グループに参加する企業間で競争させることは企業に合理的な行動を行わせる。そのためには、以下の構造が考えられる。以下は、白桃書房他のトヨタグループ(清家(1995)『日本型組織間関係のマネジメント』白桃書房、佐伯(2011)他[3])の事例研究から帰納した。「企業を多能化、汎用化、互換化し、競争構造を構築する」ための組織設計理論つくりを意図する。

  グループ内の各企業が共通な部門を持つ。部門の例は技術部、工場、品質管理部、営業部。
  グループは企業を「行」とし、部門を「列」としたマトリックス構造である。
  各企業の部門間で横断的に情報を共有する(グループ横断会議・連絡会・研究会)。
  各企業の社員は、入社から退社までグループ横断会議・連絡会・研究会に参加し、仲間意識を持つ。
  グループ横断会議・連絡会・研究会ではグループ全体の情報を公開する。
  グループ横断会議・連絡会・研究会は部門・階層(参加者の役職)のマトリックス構造となる。
  各企業の部門をグループ内で互換性のある存在、互換単位化させる。互換部門。
  グループは企業を「行」とし、互換部門を「列」としたマトリックス構造になる。
  同じ実験ができる技術部、同じ製品が作れる工場、同じ製品を営業できる営業部へと変化する。
  競争基準として、品質・コスト・納期・安全とイノベーションなどの指標を可視化する。
  より競争基準の達成度が高い互換部門へ優先的に発注、注文が行われる。
  弱い互換部門の排除のメカニズムが働く
  競争基準と情報共有、情報公開によって各企業の互換部門間で競争が起こる。
  互換部門間の競争は、互換部門に合理的な行動を強いる。
  競争構造は、部品の複社発注などの複数互換部門間の競争から、全企業全互換部門の競争まである。
  グループ企業内の競争を継続させるため、弱い互換部門への指導、教育をグループ全体で行う。

このグループ内競争構造を維持するために情報の公開・グループ内共有が必要となる。市場では、情報の不完全性によって、成長可能性を秘めた産業、企業、事業、個人へ適切な資金が集まらないという「市場の失敗」がある。しかし、グループ内では市場と異なる情報公開の手法を内包することが可能であり、情報の不完全性を解消して、優れた互換部門へ経営資源を集めることができる。

7.情報の不完全性の解消と競争力

  グループの上位主体(親企業)はグループ各企業の互換部門に対して、他の企業の互換部門の情報を「競争の基準」として提供、全グループに公開する。
  上位主体(親企業の)の互換部門の情報も同様に公開する。
  構成員の心理は常に「競争相手は強力」であるという意識である。
  また常に自己の所属する互換部門は完結しておらず「不十分」な存在として認識される。
  したがって、常に課題を互換部門に対して持つことになる。
  他企業の互換部門に対し、不利な条件で競争を行わされているという「被害者意識」も発生する
  これらは競争と成果についてポジティブに機能する。学習における「良い意味での競争者の存在」と「コンプレックス」が起す過剰適応としての学習ドライブで説明できる。
  競争はどの部門が優れているか、どの部門がもっとも巧みに実行できるかを発見する仕組みである。
  互換部門間競争は過剰適応をもたらすため、上位主体から構成員に対しての「動機づけ」の必要は減少する。管理は楽になる。
  前出の「グループ横断会議・連絡会・研究会」から課題が継続的に発生、前向きの改善、解決が行われ、イノベーションが起こる。
  互換部門の構成員の心理は「欲望なき競争、競争の自己目的化」で説明できる。個々には競争が始まる前に野心があったはずであるが、野心は消えて、競争に勝つこと自体に満足を覚える[4]
  このような満足は遊戯に見られる競争に似ている。製造業、小売流通業など業種を問わないでみられる。セブン-イレブンの「おでん部会のチームMD」など商品開発競争とイノベーションを楽しんでいる。商品開発などの場を楽しむ、「遊戯」への欲求から生じてくる競争心が生まれる[5]
  グループ内における情報の不完全性の解消は、各互換部門の経営資源の可視化、アクセスの容易さの向上で、イノベーション創出力や製品開発力を高めて競争力の源泉となる[6]

8.互換部門の競争力と「仕事量」の公平な分配

互換部門はより互換的であることが組織間関係において競争優位を獲得する根源である。この点で、グループ内競争構造は、野中(1990)のいう同質化競争である。多くの労働者が同じ内容の職務を経験していくことによって、熟練の内容が同じように幅広くなるため、労働者間の代替性が高まる。労働者間の代替性が高まれば、職場内の人員配置がより柔軟になる。また労働者間の競争を強める。
上位主体(親企業)からのグループ企業への仕事量(発注額)は「被害者意識(不公平感)」を最小にする。これは必ずしもトップダウンではなく、グループ内での調整・合議決定も合理性を持つ。グループ企業は上位主体に対して分配の決定に欠かせない情報提供をいとわないことが、長期的には利益になることを認識している。

9.小売流通業への応用の可能性

 小売流通の企業グループで代表的なのはセブン-イレブン・ジャパンである。トヨタ生産方式は世界中にまた全産業に伝播したが、セブン-イレブンもその影響を強く受けている。2013年現在、全国1万6千店(米国8千店、タイ・韓国7千店、台湾5千店など世界合計5万店)、全国年間売上3兆5千億円、国内従業員6千人である。
コンビニエンスストアは100平方メートル台の売り場に3000品目の商品を取り揃える。立地はマーケットのあるところに競合店がある無しに関係なく、出店し、競合店を超えることを目標にする。店舗の改善は経営相談員中心で行い、店のオーナーと改善を行う。これらのチームは競争と多能化を志向している。
多品種少量在庫販売に対応し、配送の多頻度化、短いリードタイム、小さな発注ロット、製造・納品日付や商品管理温度帯の特定、ゼロ欠品状態、納品時間帯の指定などを供給業者へ要求する。オリジナル商品は、おにぎり、サンドイッチ、惣菜、サラダ、菓子、カップラーメン、アイスクリーム、化粧品など商品の半分以上を占める。
また競争下で独自開発ブランドの新商品開発とその商品の生き残りを目指し、部会チームMDが競争を行う。新商品の開発はもっとも開発力の高い企業が中心となる。毎週100品目新商品を発表する。
例えば、ロールパンの新商品開発の部会のチームMD(マーチャンダイジング)は190円の手作りパンを開発とかを手がける。商品本部は「真似の上を行く」開発目標をつくりチームを牽引する。チームには武蔵野フーズ、北海道産小麦粉などの食材メーカーが参加する。

11.結語

仮説について以下が検証できたと思われる。
1)              日本企業は、構成員に長期的競争を行わせ、合理的な行動を組織構成員に行わせる。長期雇用に立つジョブローテーションは構成員の多能化、汎用化、互換化を進め内部組織で長期的な競争が起こる。
2)              企業グループにおいて、企業の部門を多能化、汎用化、互換化させることで、内部組織における日本型経営の強みが企業グループ全体でも発揮される。長期的競争を各企業、各部門に行わせ、グループ全体として合理的行動を行わせる。競争構造をつくり、柔軟な戦略が行えるようになる。長期的競争は、グループ全体の効率化、イノベーションを実現する。

今後検証を行う課題として以下をあげる。

1)日本企業は、現場、大衆が多くの改善、開発などのイノベーションを行う。しかし、ソニーなどではガラパゴス化でむしろ企業経営にとってマイナスとも言われる。またセブンイレブンの毎週100点の新商品は発展の源泉となっている。その違いはどこにあるのか、日本産業の競争力をあげるために何をなせばいいか。日本の産業内の過当競争、現場の開発競争がもたらすガラパゴス化は、海外との連携では長所となるのではないか。
2)世界において、グローバル化の程度が低い日本企業とドイツ企業がもっとも産業では成功している。
それはなぜか。


大蔵省主計局と成長について――元事務次官オーラルより

大蔵省主計局と成長について――元事務次官オーラルより

○清家彰敏(富山大学)



概要
本研究では元国務大臣・元大蔵省事務次官相沢英之氏[1]に対し、2009年~2013年まで34回×2時間のオーラル[2]を行った(伊藤隆東大名誉教授と2人で行い、今後国会図書館憲政資料室に永久保存の予定である)。大蔵省主計官主導の投融資ミックスと日本経済の成長ーーその変化の歴史と新制度の模索ーーこの研究目的は日本の過去の経験が新興国などの今後の発展に役に立つのではないか、との国際知識移転の考えに立っている。この膨大な史料のうち、本報告は、特に主計局主計官と日本経済の成長、イノベーションに関わる部分についてのみ限定し、マネジメントの視点での分析を進める。
主計官は多能化し、柔軟な組織構造、職務割り当てがなされているなど、組織論、組織間関係論で説明できる可能性がある。本研究は、問題意識、仮説とともに、現在の財務省主計局との連続性、非連続などについても触れる。また膨大な資料の分析方法、国際移転手段についても論じる。

仮説1 主計官が多能化していることで、柔軟で適切な投融資ミックスの決定ができ、日本経済の成長が促された。

1.日本における高度成長と主計官の査定
戦後の復興では、1947年の臨時金利調整法で金利の最高限度が規定され、資金不足の企業へ復興金融公庫からの低利融資が行われた。1949年のドッジライン実施以降は、復興金融貸出が禁止され、1951年に日本開発銀行(政府全額出資:現日本政策投資銀行)が設立され、日本興業銀行、都市銀行などと産業インフラ、企業への融資を行い、高度成長期が始まった。この融資はインフレ率より金利が低い低利融資であった。
インフレ率以下に金利が抑えられていれば融資は伸びる。企業は1955年から1985年銀行借入の間接金融の資金調達は50%前後であった。借入金の支払い利息が法人税で損金参入されるという産業政策も融資の伸びに貢献した。
日本開発銀行など政府系金融機関は、郵便貯金などの出口として、さらに低利融資を行った。政府系金融機関は「民間金融だけでは円滑な資金供給が期待し得ないプロジェクト」へ低利長期融資を行う。本研究では、以下、政府系金融機関の融資を「低利融資」、銀行融資を「高利融資」と記述する。銀行の「高利融資」は低金利時代における「比較的高金利」という意味で使用する。
大蔵省主計官は、戦後から高度成長期、安定成長期にかけて、産業競争力に関わるプロジェクトに、必要資金(原子力発電所なら1兆円にものぼる)を、予算と投融資ミックス(低金利政府系金融、高金利銀行融資、民間投資)を大所から考慮し供給するかの査定を行った。この査定によって、プロジェクト、企業の債務などの返済の負担が大きく変わってくる。それは高度成長のエンジンである企業経営者、管理者の挑戦意欲と行動に大きな影響を与えた。

2.仮説2
財政民主主義で憲法、法律、政令などに縛られる官僚組織の中で、大蔵省主計局は、高度成長期の予算、財投(理財局へ機能が移ったが、実質は企業からの財投要求を通産省産業資金課がとりまとめ、主計局が仕切った)、銀行融資の適切な投融資ミックスによって、日本経済の成長への投融資を行った。その際、主計官の柔軟な職能が効果的に機能した。
上記仮説について、相沢英之元国務大臣・元大蔵省事務次官オーラル34回×2時間を基礎に文献・他のオーラルにより検討を試みる。相沢英之氏は主査を6年、主計官を9年経験し、その後主計局次長、主計局長、事務次官を経験している。

3.査定型官庁としての主計局
各省庁は、企画型、現場型、査定型、渉外型、制度官庁型に分類することができ(城山・鈴木・細野,1999、城山・細野,2002)、大蔵省(財務省)主計局は査定型官庁部門に分類される。主計局(主計局長・次長・主計官・主査)を城山らの分類査定型と規定し、機能は以下のようになる。
  提供された大量の情報を各方面から検討して一定の判断を行うことが求められる。
  判断の際の重要な基準は全体の「姿」、すなわち、バランスである。
  担当者(主計官・主査)に一定の裁量が与えられている。
  全体の「姿」に関しては、官房系統組織(官房長・秘書課長・文書課長・主計局総務課長)・上位組織(大臣・副大臣・政務官・事務次官・主計局長・主計局次長3名)がきちんと統制している。
⑤査定の主体は、形式的には一方的な決定権を持っている。
⑥現実的には決定権を一方的に行使することはできない。
⑦査定側は、情報上、実務処理上の能力の限界がある。
⑧被査定側の担当者と「握る」(詳細な事前の調整)必要がある。
⑨その結果、決定はインクリメンタルなものとなりがちである。

足立伸[3]によると財政支出は、足立(1992)は、貝塚・館(1973)より①国自らが行う事業のための支出、②地方自治体等への補助金や補給金の交付による支出の補填がある。経済的性質も①公共事業のような投資的な性格、②人件費や防衛費のように経常的な性格もある。財源の調達は、①租税、②公債、③負担金、④国有資産の売却などの多様な方法で行われる。国家は、行政サービスの提供のため、国有資産保有、財政投融資などの投資と融資によって、①資源の公共目的への配分、②所得の再配分、③経済の安定と適度の成長の実現を図るとしている。

相沢氏によると、昭和20年代主計局が予算、財投、銀行融資を全部掌握していた。主計官は、国家プロジェクトに関して、予算(金利ゼロ)、財政投融資(低金利)、銀行融資(市中金利)を使い分けていた。

4.主計官の柔軟な職能
「名刺にも主計官が何省を持つということは何も書いてない」(「相沢英之オーラル16p19~大蔵事務次官(5)変革の提案参照)主計局の主計官、主査は、財政民主主義の法律、政令の拘束、制限の中であっても、その投融資ミックスの判断を、極めて柔軟に行いえた(「相沢英之オーラル16回同上参照)。「(主計官の)所管は、言うなれば自由自在にできるんです」
主計官の職能は、柔軟なだけでなく、相互にオーバーラップするなど職務の境界が曖昧になること、職務において代替性を持っている。現在世界の民間企業などに見られるプロジェクト組織、マトリックス組織、ネットワーク組織にも対応しうる柔軟さで特長づけられる(参照:清家彰敏著『進化型組織』同友館)。また代替性は、「職務の多能化、汎用化は競争をもたらす」につながり、主計官の相互の競争による職務レベルの向上にも繋がった可能性がある。
民間企業などに比較して、憲法、法律、政令の縛りがあるため職務が硬直的になると考えられてきた中央官庁局課の査定において、上記の柔軟な職能を持った主計官制度が果たしてきた役割は再評価されるべきである。硬直的な各省庁を柔軟な主計官が査定する。これは絶妙な補完関係となった。

相沢オーラル:大蔵事務次官(5)変革の提案16P19

主計局には主計官という制度があるんですね。あれは次長が三人で主計官が九人なんです。一つの次長が三人ずつ主計官を持っているんですね。その主計官の制度のいいところは、相沢主計官と呼ばれて、名刺にも相沢主計官が何省をもつということは何も書いていないんです。これは局内でできることなんですね。・・・「彼はベテランだからちょっと増やしてやろう」とかいって大事なところをもたせてやる。新しい人が来たら「あいつはちょっと荷を軽くしておこう」と、こっちのやつを外してこっちにもっていくことができる。そうすると、これは規則の変化じゃないから(自由にできる)。

通商産業省産業資金課長の職務は矢野(通産事務次官)オーラル[4]26回によると

通商産業省の原課は補助金、出資となると一般会計から要求する。主計局へ
金利が付いてもいいような事業。融資は日本開発銀行(現日本政策投資銀行)などから借り手は企業。通産省の産業資金課がまとめて大蔵省の理財局資金課に持っていく。
銀行はより高い金利であるが、財投がついた段階で融資を行う。「開銀がいいのなら、政府がいいと言っていれば俺も安心だとやった。自分たちの銀行審査権を放棄しているということなんです。

5.主計官の投融資ミックスと経済成長
高成長時代は設備投資のための資金量の確保が重要で、財投は低金利+資金量の確保を手助けした面がある。高金利は資金不足の結果おこったものであり、民間金融機関の資金量の確保は専ら日銀の担当だった。短期金利は日銀が担当し、長期金利は大蔵省の担当という役割分担し、この間をつないだのが、1974年に総裁となった森永元主計局長以降の人事の可能性がある。

6.主計官制度の理論的説明
伊藤大一は大蔵省内という同一組織内に歳出の主計局と歳入の主税局が存在し、情報を独占し、情報の非対称性によって大蔵省が他省庁、政治家に対してアドバンテージを持ったとしている[5]。これは大蔵省主計官の自律性を高め、その結果、上記の投融資ミックスを可能とした。
通産省が業界との産業ネットワークからの情報をもち、大蔵省が銀行からの金融ネットワークからの情報を持っていたと指摘している。主計官はその2つのネットワークからの情報の結節点であり、2つの情報を統合できる存在であった。しかし、相沢オーラルでは、銀行局は主計官の査定に関してオブザーバーでしか参加していない。
しかし、財投の省議には銀行局が出席している(相沢著『予算は夜つくられる』p99)。主計官がどの程度、金融ネットワークの情報を獲得利用できたかについては今後検討を行いたい。また同様に通産省産業資金課が通産内の原課による各企業からの膨大な要望の省内とりまとめを行う際、原課が個々に持つ産業ネットワークの情報をどの程度獲得利用できたかについても検討しなければならない。
産業資金課と原課が各企業からの要望を取りまとめる際に「日本開発銀行」が大きな役割を果たした。ただし、日本開発銀行はMOF(主計・理財・特金)の所管であり、予算要求のとき、MOFと十分すり合わせながら、産業資金課経由で要求する形をとっていた。実質的にはMOFは開銀を通じてこの予算策定作業をコントロールしていた。
また日本興業銀行(興銀)の役割についてであるが、大蔵省は興銀を通じて長期金利を管理していたといえる。興銀に長期債発行金利で長期プライムレートを決めさせ、その金利より安く政府系金融機関の金利を決定していた。

7.日本政府における大蔵省主計官の査定と産業の特徴
 大蔵省(財務省)主計官の投融資ミックスを考慮する査定は、通商産業省など各省庁の原課の要求を通じて産業をドライブし、競争力を形成してきた。プロジェクトの規模総額を大きくするには、返済義務のある融資・借入の比率を増やせば大きくなる。その査定が戦後産業競争力形成の歴史を作った。
例えば、鉄鋼業は、最新技術を追求した大規模設備と投融資における借入の比率の大きさが産業競争力と企業間の激烈な競争の原因となった。企業の借入金の大きさは損益分岐点を押し上げ、高い操業度でなければ利益が出ない。操業度を上げるために、どの企業も最先端技術を追求、最有望市場の開拓を常に優先する。その結果、投資の矛先は時代ごとに刻々と変化せざるをえない。企業は、矛先をどちらへでも柔軟に変えうるように、多能かつ同質な組織になっていく。多能で同質な企業は棲み分けができないから相互に猛烈な競争を繰り広げる。
また最先端技術、最有望市場を狙ったインフラ、設備投資は、大蔵省(財務省)主計官の査定において好印象となる。主計官は、投融資ミックスで、返済義務のない予算、金利の安い政府系銀行の財政投融資の比率を高くし、プロジェクト、企業の返済負担を減らす。これが、主計官が日本の産業競争力を作り上げることに貢献してきた構図である。
 投融資における借入金の大きさがもたらした鉄鋼業の特徴は、造船、自動車、石油化学、電機業界、建設業などにも見られ、日本産業の特徴となった。この特徴の形成に主計官の投融資ミックスの影響が大きかったと思われる。

このような主計官の役割は徐々に変化していった。

8.主計官による投融資ミックスの査定の変化
1960年代以降、政府によって、予算作成機能の大蔵省からの分離が唱えられた(このような考えは戦前からあった)。このため、その対策として、主計局から理財局へ財政投融資の権限が移り、予算と財投の制度的分離が起こった。
相沢[6]によると「昭和30年代主計局長森永貞一郎のとき、経済財政政策を円滑に進めるためには、予算の編成、税制、財政投融資を一体として運営しなければならない。当時、主計局総務課が実質的な財政投融資の審査をしていた。・・・理財局に財投の権限を移した。」
次に、大蔵省が解体され、1990年代からの護送船団方式への内外の批判と行政改革により、財務省、金融庁に分離し、予算・財投と銀行融資の分離が起こった。大蔵省主計局主計官は「予算(返済義務なし)」(一般会計)・「低金利融資」(財政投融資)・「高金利(銀行融資)」の絶妙な投融資ミックスを決定し、成長先へ適格に投融資する。この成長モデルは、この2段階の分離によって変化した
また1980年代以降ベンチャー投資ブームが起こった。これ以降、成長への投融資ミックスにベンチャーキャピタルが加わった。この主役は通商産業省である。この結果、成長先への投融資ミックスは予算・低利融資・高利銀行融資・ベンチャー投資の4つとなった。その決定において、投融資ミックスの決定権限の一部が、大蔵省主計官から通商産業省へ移った可能性がある。その1つの事例が産業基盤基金である。産業基盤基金はNTTの民営化による発生した株式売却収入を原資として、産業投資特別会計が出資して1986年設立された特殊法人で、通産省はこの基金を利用して研究開発等への出資を行った。

主計官による投融資ミックスの変化の歴史
1期主計官による成長投融資3資源(予算・低利融資・高利融資)の独占、
2期理財局により低利融資の分離、
3期ベンチャーブームによる成長投融資4資源(+ベンチャー投資)時代、
4期高利融資の分離(大蔵省からの金融庁の分離)

9.新制度の模索 投融資ミックスの司令塔の再構築の必要性
現在でも、投融資ミックス「予算・低金利(財投)・相対的高金利(長短:銀行)・(ベンチャー)投資の4資源」の司令塔が必要ではないか。しかし、主計官の機能は剥ぎ取られ縮小され、結果投融資ミックスの司令塔は分断されてしまっている。今後の政治主導の時代、司令塔を果たすのは、政治家、官僚のどちらであれ、その投融資ミックスの司令塔は求められるのではないか。
特に民主党内閣の「仕分け」が必ずしも成功といえない理由は、投融資ミックスの能力と情報ネットワークに欠ける政治家などが仕分けを行ったからとも考えられる。
例えば、20139月末にソフトバンクが企画した総額2兆円の協調融資には、政府系銀行である国際協力銀行(JBIC)と日本政策投資銀行(旧日本開発銀行)が融資約3000億円を用意した。残りはみずほ銀行、三井住友銀行などが融資する[7]。米国携帯電話企業スプリントの買収資金として準備したつなぎ融資の借り換え、過去の借入金も含め年限の長い融資に切り替えることがソフトバンクの主な目的である。
このソフトバンクの企画は多くの問題を提示している。この2兆円の投融資ミックスは誰が決定したのか。また誰が決定すべきなのか。その決定にはどのような法的裏付けがあるべきであるか。責任の所在はどこにあるのか。法的に責任をとるべき機関はどこなのか。想定される損失の可能性について、どの程度、国民に対して説明責任を果たしたのか。
最大の当事者であるソフトバンク代表取締役社長は政府の投融資ミックスをどの程度意識していたのか。国民と法律に対する彼の意識は適切であったのか。
アベノミクスは世界注視のなか、多くの経済実験を行おうとしている。日本銀行の黒田総裁の金融政策など世界初の試みも多い。日本は、海外の都市インフラ開発、トップ企業の世界市場制覇、国内のインフラ再構築、東京オリンピックなど産学官で国家の意思として予算+投融資ミックスを構想する時代に入っている。その司令塔の構築が課題である。
相沢氏によると、大蔵省主計局、経済企画庁官房長、大蔵省主計局長、事務次官、経済企画庁長官(国務大臣)の体験から、司令塔のイメージは「財務省主計局が、旧経済企画庁的な機関のリーダーシップの元、旧行政管理庁、法制局と調整を行う」モデルである。 例えば、米国の予算局は法制局を内包しているが、日本政府では、主計局は法制局との対立さえ起こりうる。

10.結語
仮説1、2の検証を進めた。主計官が多能化していることで、柔軟で適切な投融資ミックスの決定ができ、日本経済の高度成長が促されたと思われる。財政民主主義で憲法、法律、政令などに縛られる官僚組織の中で、大蔵省主計局は、高度成長期の予算、財投(理財局へ機能が移ったが、実質は企業からの財投要求を通産省産業資金課がとりまとめ、主計局が仕切った)、銀行融資の適切な投融資ミックスによって、日本経済の成長への投融資を行った。憲法、法律、政令の縛りがあるため職務が硬直的になると考えられてきた中央官庁局課の査定において、上記の柔軟な職能を持った主計官制度が果たしてきた役割は再評価されるべきである。硬直的な各省庁を柔軟な多機能の主計官が査定する。これは絶妙な補完関係となった。

参考文献
貝塚啓明・館龍一郎(1973),『財政』(岩波書店)
城山英明・鈴木寛・細野助博編著(1999),『中央省庁の政策形成過程』(中央大学出版部).
城山英明・細野助博編著(2002),『続・中央省庁の政策形成過程』(中央大学出版部).
足立伸「財政・会計制度」(2002),城山英明・細野助博編著『続・中央省庁の政策形成過程』(中央大学出版部)



[1]相沢英之氏:195411月主計局主計官-19636月主計局法規課長-19647月主計局総務課長-19656月近畿財務局長-19667月主計局次長-19698月経済企画庁長官官房長-19706月理財局長-19716月主計局長-19736月大蔵事務次官-19746月退官、197612月衆議院議員-19902月国務大臣経済企画庁長官就任-20007月国務大臣金融再生委員会委員長就任
[2]相沢英之オーラル第1回200958日~342012611
[3]注)足立伸
1980年大蔵省入省、1990年主計局調査課課長補佐、1991年主計局主査(防衛係)、1995年東京大学法学部助教授、1997年大臣官房秘書課財務官室長、1999年主計局主計官(法規課)、2001年主計局主計官(総務・地方財政係)、2004年財務総合研究所研究部長など
[4]伊藤・清家「矢野俊比古オーラル第1回20091112日~422012127日」
[5]伊藤大一(1980)『現在日本官僚制の分析』東京大学出版会
[6]相沢英之『予算は夜つくられる』かまくら春秋社平成19P97
[7] 「政府系から3000億円ソフトバンク調達へ」『日本経済新聞』日本経済新聞社、2013912日夕刊3