2011年9月10日土曜日

ロボット経済シミュレータ アバターと仮想移民

ロボット経済シミュレータ アバターと仮想移民

                              清家彰敏
                              A(匿名)
                              B(匿名)

下記のシミュレータは2005年に限定的な条件下で試行的に検討し、最初のプログラムを作成し、シミュレーションしたものである。2005年の時点ではロボット経済は夢物語であった。その時点で少しでもイメージを感じてもらうための第1弾プログラムであった。その後、経済的理由などで、ストップして今日にいたった。しかし、先年のアバターの映画のヒット、スマートグリッドの中核となるinternet of thingsである「つぶやくスマートメーター」の登場で夢物語ではなくなりつつある。第2弾のシミュレーション計画を進めることで世界経済シミュレーションの「一助」としたい。
 どなたか同じ志の方でプログラミング能力のある方にHELPをしていただけることを期待する。
シミュレータは以下のURLで配布
http://www.mediafire.com/?993fbj8090u5kt8
モデル・数式は以下の記述を参照ください。
なお
GDPを売上高に代えれば経営戦略シミュレーションへ転換可能。
第2弾では
収穫逓減の内包・フィードバックなど多くの研究、工夫が必要。

1.序論
 ロボットには2つの機能がある。人間の支援と代替である。支援は人間の仮想年齢を低下させる機能があり、国民の平均年齢が下がれば、国民が仮想に若返り、生産、販売に励み、消費が増えることになりGDPが増加する。またロボットが人間に代わり、生産、販売、消費をすることになれば、これは移民と似た効果を持つことになり、移民経済的にはGDPが増加することになる。
 しかし、ロボットに関わる制度や技術の経済的効果を定量的に把握した上で将来的なロボットの普及が経済に与える影響を分析評価し、ロボット技術が産業として発展していくための経済的課題を明らかにする取り組みについては、ほとんどなされていない。そのため、制度的課題や技術的課題の検討においても、経済効果について具体的に踏み込んだ比較評価を行うことは困難な状況となっている。
上述の背景を踏まえ、本事業では、①ソフトウェア的なロボットを含む経済主体としてのロボット(ロボット)によって生じる新たな経済効果の定量的なモデル化について研究を行うとともに、②このモデルに基づく経済効果算定シミュレータの実現可能性について、調査研究を行うことを目的とする。

2.ロボット移民(アバター)
 経済主体(economic agent、economic man、 economic unit)は、消費者と企業を一般に対象とする。これは、古典派経済論者、ロボット理論の学者、組織論者を問わず人間のみを対象としている。しかし、経済主体はプログラムの登場によって、人間だけではないと明確に認識できるようになってきた。このプログラムはインターネット上の生活、ビジネスではネットロボット(インターネット上で人間の機能を代替するソフトウェア)、現実社会では産業ロボット、ネット家電、インテリジェント自動車、民生ロボットと言った人間の機能の一部を代替、代行する「存在」に搭載される。
 例えば金融工学のプログラムの発展は、プログラム間の取引で、人間の介在を必要としなくなった。金融工学のプログラムは専門知識のない人間より、明らかに役に立つとも考えられる。本研究は、経済主体の定義や概念を人間以外に拡張する試みの一環である。「人間」のみを考える経済から「人間」と「プログラム(ネットロボット、ロボット等)」の2つの経済主体が形成する経済、それをロボット経済と規定する。この経済では、人間だけの社会へロボットが移民をしてくる。
 
3.ロボット移民とGDP押し上げ効果
 テーマは、20世紀、産業ロボットが自動車産業、電機産業へ導入されたのに対して、21世紀におけるアルバイト労働、高齢者に頼る販売・流通・サービスといった産業、“癒し”産業ともいわれる高齢者慰安、観光・ペット産業へのロボット導入である。移民にGDP押し上げ効果があることはよく知られているが、移民と代替的なロボット導入にどの程度のGDP押し上げ効果があるかが、本研究の狙いである。移民政策に国家、地方自治体が予算を使って、移民が増えればGDPが増加するのと同じように、ロボット開発に予算を使えば、ロボットが増えGDPが増加する。
 各産業に与える影響では、ソニーを初めとする電機業界、本田を初めとする自動車業界、産業ロボット業界、その他が4分の1ずつのロボットを供給すると仮定してみよう。ロボットは平均的な労働者の労働期間を40年間と考え40年のレンタルを行うと仮定すると、それぞれ2010年には300億円程度の売上増が見込める。関連消費がその約4倍と見込まれるので、その供給の30%を供給産業が行えると考えると各産業の産業規模はそれぞれ700億円程度となる。
 他の産業は情報サービス、情報通信産業、工作機業界、ファッション業界、玩具業界、ゲーム業界等がそれぞれ売上を享受することになり、500億円、300億円、300億円、200億円、200億円、200億円といった試算もできる。
 ロボット系が電機、自動車、産業ロボット業界から供給されるのに対して、ロボットやネットネットロボット連携商品は主に家電業界、建設業界、玩具業界から供給され、これは20X0年には100万セットの移民があると試算すると20x0年には1兆円のGDP効果が考えられる。ネットロボット系はハードの負担が軽くゲーム業界、玩具業界、携帯電話業界、情報サービス業界といった技術保持産業からだけでなく、コンテンツ保持産業からの供給が主流になり、これは予測が難しい。介護コンテンツを持った企業が、同業者に先駆けてネットロボットを製品化し、競争企業を排除する可能性がある。

4.ロボット移民の活躍
 現実社会では、家庭で掃除機、洗濯機は家庭の生産性を急上昇させ、家事労働時間は激減した。工場の機械、フォークリフト、産業ロボットは工場の生産性を高め、社員の何十人分の働きをする。工事現場では作業員がつるはしを振るう現場は無くなり、人間の30人分、100人分の能力といった重機が働く。人間以上に働く機械、ロボットは増加する一方である。人間を代替する内容も肉体から知能へシフトしてきている。
 インターネットの場でも同様で、多くのロボット(プログラム)が人間以上の活躍をし、人間以上の活躍をするロボットは級数的に増加している。インターネット証券取引ビジネスでの金融工学を応用したロボットは専門知識のない人間以上に役立つ。他にも多くの種類の人間を代行するロボットが登場している。これらのロボットはビジネス活動を人間と共同で行っているのである。また、ポータルサイトで販売を助けるロボットは販売能力でやがて人間を超えるかもしれない。人間の販売員は対応できる消費者の数で物理的に限界があるが、ロボットは無限の消費者を対象にできる。これらのロボットは人間と異なり、24時間働き、その能力は体調等で左右される事はなく安定している。
 また、消費者側もプログラムによって助けられる。検索ロボットは知識生産活動を支援する有力なプログラムであるが、消費活動を支援する有力なロボットでもある。インターネットショッピングは、検索ロボットなしには成立できない。消費者の活動を支援するロボットが発展すれば、初期の指示と最終消費以外はすべてロボットが代行できるようになる。例えば、来年の誕生日のパーティーを南欧風に行うという指示をすれば、来年の誕生日(最終消費)までの間、ロボットが様々なお膳立てができる。ロボットは徐々に人間を助ける存在から、人間に代わる存在へと変化しつつある。
 伝統的な経済学の完全競争のモデルでは個々の経済主体(消費者、企業)の意思決定は、他の経済主体に対して何らかの影響力をもたないし、他の経済主体の決定によって影響も受けない。

5.R to Rビジネスとロボットの進化
 無数のロボットが生活の場でインターネットに支援されビジネスを行う未来を考えてみよう。ロボットの機能は人間の支援(機能代替)と代替である。人間の増加に比べてロボットプログラムの増加が大きければ、やがて我々はロボットプログラムがほとんどを占める経済の中で生きる事になるかもしれない。R to R ビジネス(ロボット ツウ ロボット)であるこれをロボット経済学と規定することができるかもしれない。
 将来的にはトヨタ生産方式の多工程持ちがロボット利活用では有力な手法となる。googleはR to H をR to Rに転換し、現在のinternet of thingsではより高いレベルへ進化しようとしている。人間が知識を探索する場合、知識サイズ拡大に対する人間の探索能力に限界があるため、困難を要することとなる。
 経済主体としてのロボットの進化に貢献するのはゲーム理論である。ゲーム理論では、各個人の決定は他の人々に影響をもたらし、他の人々の決定によっても自分の利得が左右され、ナッシュ均衡に達する。ゲーム理論における人間は、伝統的な経済学における人間像と比べると、他の人々へ影響を与え、他の人々から影響を受ける、より「社会的な」存在であるといえる。さらに知識や情報が共有されていない状況をもカバーし、知識・情報の交換、伝達を行う存在でもある。また、自ら利益のためにさまざまな策略を張り巡らす、機会主義的な人間でもある。そのような機会を見つけ出し利用するための情報処理・類推・計算能力の面では、ゲーム理論の人間は、伝統的な経済学における人間以上に高度な能力を備えているといえる。ロボットプログラムの経済主体としての進化はこの方向で起こっている。
 人口の規模と市場規模の関係は断ち切れない。人口とは経済の基準原則である。経済=f(人口)である。例えば中国は人口が13億人、そして日本は1億2千万人程度である。人口が10倍ということは、市場規模は10倍にとどまらない。市場は人と人の間に成立するため、その規模は50倍にも100倍にも膨れ上がる。ネットワークの経済性である。これでは人口の数で日本は、中国には勝てない。従来、経済学とは「人口」をどう取り扱うかという考え方に立って展開される。しかし、ロボット経済学で説明される、来るべき世界において、人口の数が持つ意味はどんどん小さくなる。ロボットの創造を生産と消費において促進した国、企業、社会が世界の中心になるのであって、人口大国、政治大国が中心となる時代は終わりを告げるのである。

6.ロボット経済シミュレーションの概要
 本研究では、上記の議論を踏まえ、このような特徴を持ったロボットの経済効果について定量的なモデル化を試みる。経済主体は、生産、販売、購買、消費、賭博等の機能を持つが、ここでは簡単のために「販売(生産含む)」と「購買(消費含む)」機能のみの「売買行為」に限定してロボット支援・代替が起こるとしてシミュレーションを行う。簡単のために、収穫逓減の内包・フィードバックなどについても考慮していない。


 人間とエージェントによる混合経済において、経済主体を構成する人間の集合Hおよびエージェントの集合Aを経済活動の共通性の観点から複数のカテゴリに類別し、類別されたそれぞれの集合を「セグメント」と呼ぶことにする。エージェントはM個のセグメントに、人間はN個のセグメントに分類されるものとし、それぞれのセグメントに番号(エージェントのセグメントにはi=1,2,…,M、人間のセグメントにはj=1,2,…,N)を対応付け、エージェントのセグメントをAi(i=1,2,…,M)、人間のセグメントをHj(j=1,2,…,N)と表すことにする。つまり、

エージェント集合 A=∪Ai(i=1,2,…,M),Ai∩Aj=φ(i≠j)
人間集合 H=∪Hj(j=1,2,…,N),Hi∩Hj=φ(i≠j)

と表される。この時、各セグメントのサイズ(人間の場合は人数、エージェントの場合はエージェントインスタンス数)を、下記のように定義する。

|Ai|=ai :セグメントiのエージェントのインスタンス数(i=1,2,…,M)
|Hj|=hj :セグメントjの人間の人数(j=1,2,…,N)

これらのパラメータを用いて、混合経済における経済主体構成モデルmを次のような横ベクトルにより表すことにする。

エージェントセグメント構成 ma =(ai ): i=1,2,…,M
人間セグメント構成 mh =(hj ): j=1,2,…,N
経済主体構成モデル m=( ma mh )=( mk ): k=1,2,…,M+N

ここで、総人口|H|=hと表し、人間の各セグメントHjの総人口比率hj/h=rjと表すことにすれば、{hj|j=1,2,…,N}は総人口hと総人口比率{rj|j=1,2,…,N}から計算可能となる。総人口hについては将来の予測計算が可能であると考え、ここでは総人口比率rjの計算方法について考えることにする。

経済主体構成モデルmを特徴付ける各パラメータの値は時間tの関数となるため、経済主体構成モデルmも時間tの関数として表現される。これを明示的に考慮した経済主体構成モデルをm(t)と表す。つまり、経済主体を構成する各セグメントのサイズは時間の経過に伴い増減する。セグメントのサイズ増減に寄与する因子をセグメントの成長係数と呼ぶことにすれば、各セグメントの成長係数は次のように定義することができる。

成長係数 αi =∂ai /∂t:セグメントiのエージェントの成長係数(i=1,2,…,M)
成長係数 βj =∂rj /∂t:セグメントjの人間(人口割合)の成長係数(j=1,2,…,N)

これらの各セグメント成長係数をまとめた成長係数gは次のような横ベクトルの形で表すことができる。

エージェント成長係数ベクトル ga=( αi ) : i=1,2,…,M
人間成長係数ベクトル gh=( βj ) : j=1,2,…,N
成長係数ベクトル g=( ga gh )

これらのセグメントの成長係数ベクトルgも時間tの関数として表現される。これを明示的に考慮した成長係数をg(t)と表すことにする(各成分はαi (t)、βj (t)となる)。総人口h(t)については予測計算が可能であるとすれば、これらの成長係数を用いることにより、経済主体の各セグメントのサイズは時間軸に沿ってΔtを単位時間として反復的に次のように計算することができる。

ai (t+Δt ) =ai (t)+Δt・αi (t)
rj (t+Δt ) =ri (t)+Δt・βj (t)
hj (t) =rj (t)・h(t)

これにより、経済主体構成モデルm(t)は、各セグメントの初期値、総人口h(t)、セグメントの成長係数ベクトルg(t)に基づいて反復的計算によって求めることができる。
ただし、hj (t)については、βjに基づいてrj (t)を反復計算することにより求める方法以外に、将来人口構成予測等から直接求めることが可能な場合もある。実際には、人間のセグメントを具体的にどのように設定するかに応じて、いずれかより適切な方法を用いて算出するものと考える。

1.1.1. 混合経済における売買モデル
 本研究では、エージェントおよび人間から構成される経済主体が行う経済活動のうち、売買に着目して定量的なモデル化を試みる。前述のエージェントおよび人間の各セグメントは、同一セグメント内あるいは他のセグメントとの間で売買を行う。単位時間におけるの売買のサイズ(金額)は、統計的に売り方セグメントのサイズ、買い方セグメントのサイズに比例すると考えられる。この比例係数を「売買活動係数」と定義すると、この係数は売り方セグメントと買い方セグメントの経済的特徴に応じて決まると考えられる。売り方・買い方のそれぞれがエージェントであるか人間であるかによって場合分けを行えば、次の4種類の売買活動係数を定義することができる。

売買活動係数 caa(i, j):セグメントAiが売りAjが買う場合
売買活動係数 cah(i, j):セグメントAiが売りHjが買う場合
売買活動係数 cha(i, j):セグメントHiが売りAjが買う場合
売買活動係数 chh(i, j):セグメントHiが売りHjが買う場合

これら4種類の売買活動係数を次のように並べ、売買活動係数行列としてM+N行M+N列の正方行列Cを時間tに依存しない定数として次のように定義する。

A to A売買活動係数行列 Caa=( caa(i, j) )
A to H売買活動係数行列 Cah=( cah(i, j) )
H to A売買活動係数行列 Cha=( cha(i, j) )
H to H売買活動係数行列 Chh=( chh(i, j) )

            Caa Cah
売買活動係数行列 C=
            Cha Chh

これらの売買活動係数および経済主体構成Eのパラメータを用いることにより、単位時間におけるセグメント間の売買サイズ(金額)は、次のように定量化できる。

売買 saa(i, j)=caa(i, j)・ai・aj :セグメントAiが売りAjが買う場合
売買 sah(i, j)=cah(i, j)・ai・hj :セグメントAiが売りHjが買う場合
売買 sha(i, j)=cha(i, j)・hi・aj :セグメントHiが売りAjが買う場合
売買 shh(i, j)=chh(i, j)・hi・hj :セグメントHiが売りHjが買う場合

これらの売買についても、同様に、4種類の売買を次のように並べ、売買行列としてM+N行M+N列の正方行列Sを定義する。

A to A売買行列 Saa=( saa(i, j) )
A to H売買行列 Sah=( sah(i, j) )
H to A売買行列 Sha=( sha(i, j) )
H to H売買行列 Shh=( shh(i, j) )

        Saa Sah
売買行列 S=       =(si j ): i, j ∈{1,2,…,M+N}
        Sha Shh

経済主体構成Eの各パラメータはtの関数であるため、ここで定義した売買行列Sの各成分si jもそれぞれ時間tの関数として表現されることになる。これを明示的に考慮した売買行列をS(t)と表す。ミクロ経済モデルに基づくGDP(t)は、この行列S(t)の各成分si j (t)の和によって、次のように計算することができる。

GDP(t)=Σsi j (t): i, j ∈{1,2,…,M+N}


1.1.2. 混合経済における研究開発投資効果モデル
 エージェントおよび人間を経済主体とする混合経済の各セグメントの成長係数に対する研究開発投資の効果を定量的にモデル化するために、まず、研究開発投資の対象を成長係数に対する経済的効果の共通性の観点からK個のカテゴリに分類し、分類されたそれぞれの対象領域を「ドメイン」と呼ぶことにする。研究開発投資のドメインおよび各ドメインへの単位時間当たりの研究開発投資金額を次のように定義する。

研究開発投資のドメイン Dk(k=1,2,…,K)
Diへの単位時間投資額 dk(k=1,2,…,K)

各研究開発投資ドメインへの単位時間投資額をまとめて、研究開発投資額dを次のような横ベクトルにより表すことにする。

研究開発投資額 d=(dk ) : k=1,2,…,K

研究開発投資額dも時間tの関数として表現される。これを明示的に考慮した研究開発投資金額をd(t)と表すことにする。セグメントの成長係数に対する各ドメインへの研究開発投資の効果は、それぞれのドメインへの研究開発投資額に比例すると考えられる。その比例係数を「投資効果係数」と定義すると、この係数は研究開発投資ドメインと経済主体セグメントのそれぞれの経済的依存関係に応じて決まると考えられる。研究開発投資の影響を受ける経済主体セグメントがエージェントであるか人間であるかによって場合分けを行えば、次の2種類の投資効果係数を定義することができる。

投資効果係数 ea(k, i):ドメインDkへの投資がセグメントAiの成長係数に与える効果
投資効果係数 eh(k, j):ドメインDkへの投資がセグメントHjの成長係数に与える効果

これらの研究開発投資および投資効果係数の各パラメータをまとめた投資効果係数行列Eは次のような形で表すことができる。

エージェント投資効果係数行列 Ea=( ea(k, i) )
人間投資効果係数行列 Eh=( eh(k, j) )
投資効果係数行列 E=( Ea Eh )

本研究では、この投資効果係数行列Eは時間tに依存しない定数と考える。この投資効果係数行列Eに基づいて、セグメントの成長係数に対する各ドメインへの研究開発投資の効果を次のように考える。

エージェントセグメント成長係数 αi =Σea(k, i)・dk : k=1,2,…,K
人間セグメント成長係数 βj =Σeh(k, i)・dk : k=1,2,…,K

つまり、セグメントの成長係数ベクトルg(t)は、研究開発投資額d(t)を転置(縦ベクトル化)したdT(t)および投資効果係数行列Eに基づいて、次のように計算できる。

g(t)=( E・dT(t) )T


1.1.3. 混合経済における競争モデル
 エージェントおよび人間を経済主体とする混合経済の各セグメントの成長係数については、前述の研究開発投資の効果に加えて、経済主体者間の売買における競争を考える必要がある。このような経済主体のセグメント間の売買競争を定量的にモデル化するために、各セグメントに対して研究開発投資効果に加えて成長係数に寄与する要素として、次のような「競争力」を考える。

競争力 λi:セグメントiのエージェントの競争力(i=1,2,…,M)
競争力 μj:セグメントjの人間の競争力(j=1,2,…,N)

これらの各セグメント競争力をまとめた競争力fは次のような横ベクトルの形で表すことができる。

エージェント競争力ベクトル fa=( λi ) : i=1,2,…,M
人間競争力ベクトル fh=( μj ) : j=1,2,…,N
競争力ベクトル f=( fa fh )=(fk ) : k=1,2,…,M+N

この競争力ベクトルfも時間tの関数として表現される。これを明示的に考慮した競争力ベクトルをf(t)と表すことにする。この競争力ベクトルf(t)に基づいて、セグメントの成長係数ベクトルg(t)を次のように再定義する。

g(t)=( E・dT )T + f(t)

競争力ベクトルf(t)は各セグメントの単位サイズ当たりの売買利益に比例すると考えられる。その比例係数として、次のような「競争成長係数」を考える。

競争成長係数 ψi:セグメントiのエージェントの競争成長係数(i=1,2,…,M)
競争成長係数 ωj:セグメントjのエージェントの競争成長係数(j=1,2,…,N)

これらの各セグメント競争成長係数をまとめた競争成長係数wは次のような横ベクトルの形で表すことができる。

エージェント競争成長係数ベクトル wa=( ψi ) : i=1,2,…,M
人間競争成長係数ベクトル wh=( ωj ) : j=1,2,…,N
競争成長係数ベクトル w=( wa wh )=( wk ) : k=1,2,…,M+N

この競争成長係数ベクトルw=( wk )と、売買行列S=(si j )、経済主体構成モデル m=( mk )を用いて競争力ベクトルf=(fk )を次のように表すことができる。

経済主体セグメントkの販売 pk = Σsk i : i=1,2,…,M+N
経済主体セグメントkの購買 qk = Σsi k : i=1,2,…,M+N
fk =wk・(pk - qk )/mk : k ∈{1,2,…,M+N}

つまり、競争成長係数ベクトルwを与えることができれば、f(t)、g(t)を計算することができる。ここで、競争成長係数ベクトルwを時間tの関数と考えるか、時間tに依存しない定数と考えるかが、定量的モデル化を行う上でのポイントとなる。モデルの近似能力の観点からは、wを時間tの関数と考える方が現実の経済的挙動に対する近似精度は高まると考えられるが、シミュレーションによって予測計算を行う観点からは、wを求めるための合理的な条件が決まらなければwを時間tの関数と考えるメリットはない。

本研究では、競争成長係数ベクトルwについては、時間tの関数としての挙動を予測する上で必要な合理的条件を求めることが困難であるため、時間tに依存しない定数として初期値のみを与えてシミュレーションを考えるものとする。


2. 経済効果算定シミュレータの実現可能性調査

 本章では、エージェントネットの経済モデル化に関する研究結果を踏まえ、コンピュータ上で動作する経済効果算定シミュレータの実現可能性についての調査結果をまとめる。

2.1. シミュレータプログラムの実現可能性調査
 本節では、エージェントネットの経済モデル化に関する研究結果として得られた経済シミュレーションモデルに基づいてエージェントネットの経済効果シミュレータプログラムを実現する上での具体的な課題、および、課題を明確化するために行った経済効果算定シミュレータプログラムの試作実装・評価に関して調査結果をまとめる。
 
2.1.1. シミュレータの前提条件について
 エージェントネットの経済効果シミュレータプログラムを実現する上で、エージェントネットの経済モデル化に関する研究結果として得られた経済シミュレーションモデルを用いる場合の入出力情報に関する前提条件は次のように整理される。

(1) 事前設定パラメータ
事前設定パラメータについては、CSV形式のテキストファイルで記述を行い、シミュレータ起動前にテキストエディタ等により作成して与えるものとする。
 経済主体構成モデルのセグメント数:M, N
 研究開発投資のドメイン数:K
 シミュレーション開始時間:T0
 経済主体構成モデル初期値ベクトル:m(T0)
 総人口予測(時間tの関数):h(t) [ または各セグメントサイズhj (t) ]
 売買活動係数行列(定数):C
 投資効果係数行列(定数):E
 競争成長係数初期値ベクトル:w(T0)
 シミュレーション時間間隔:Δt (デフォルト値:半年)

(2) 入力パラメータ
入力パラメータについては、シミュレータ起動後にユーザインタフェイスから入力を行うものとする。
 シミュレーション終了時間:TE
 研究開発投資額ベクトル(時間tの関数):d(t)

(3) 出力パラメータ
出力パラメータについては、シミュレーション実行後にテキストファイル(CSV形式)への出力を行うものとする。また、GDP、経済主体構成モデル、売買行列等に基づいて、シミュレーション実行中に逐次ユーザインタフェイスへのグラフィカルな出力を行うものとする。
 GDP(時間tの関数):GDP(t)
 経済主体構成モデル(時間tの関数):m(t)
 売買行列(時間tの関数):S(t)
 競争力ベクトル(時間tの関数):f(t)
 成長係数ベクトル(時間tの関数):g(t)

本研究におけるシミュレーションでは、w(t)については事前設定パラメータとして与えられたw(T0)の値を取る定数関数とする。すなわち、任意のtに対してw(t)=w(T0)とする。事前設定パラメータとして関数w(t)を与えることができれば、それに基づくシミュレーションも可能となる。
また、人間の各セグメントを将来人口構成等から直接予測可能である場合には、総人口h(t)を与える代わりに人間の各セグメントサイズhj (t)を与えることによってシミュレーションを行うことも可能である。

2.1.2. シミュレータの性能について
 本研究では、実現可能性調査を目的としてシミュレータの試作実装を行い、試作シミュレータ上で実際にシミュレーションを実行し、規模およびそれに対する性能を評価することにより、今後の規模拡張および性能改善に対する課題を抽出することを目標としている。
 そのため、本研究の試作シミュレータ上で大規模なシミュレーションを実行することは範囲外とし、シミュレーション規模については、経済主体のセグメント数(M+N)最大20、ドメイン数(K)最大10、シミュレーション反復回数((TE -T0 )/Δt)最大100までを検証範囲とする。
 また、同様に、本研究の試作シミュレータ上で高速シミュレーションを実行することも範囲外とし、シミュレータの性能については、上記シミュレーション規模を前提に、Pentium1GHz程度のWindows PC上で5分以内にシミュレーションを実行できる程度とする。

2.1.3. シミュレータの提供機能について
 本研究で試作するシミュレータの提供機能は、次の通りとする。

2.1.3.1. 事前設定パラメータ読み込み
 シミュレータ起動時に、指定したファイル名(デフォルトは”Preset.csv”)のテキストファイル(CSV形式)で記述された下記の事前設定パラメータを読み込んでシミュレーション条件に設定する。
・ 経済主体構成モデルのセグメント数:M, N
・ 研究開発投資のドメイン数:K
・ シミュレーション開始時間:T0
・ 経済主体構成モデル初期値ベクトル:m(T0)
・ 総人口予測(時間tの関数):h(t) [ または各セグメントサイズhj (t) ]
・ 売買活動係数行列(定数):C
・ 投資効果係数行列(定数):E
・ 競争成長係数初期値ベクトル:w(T0)  [ または関数w(t) ]
・ シミュレーション時間間隔:Δt (デフォルト値:半年)

また、指定したファイル名(デフォルトは”Input.csv”)のテキストファイル(CSV形式)で記述された下記の入力パラメータが存在する場合は、それを読み込んでシミュレーション条件に設定する。
・ シミュレーション終了時間:TE
・ 研究開発投資額ベクトル(時間tの関数):d(t)

さらに、指定したファイル名(デフォルトは”Output.csv”)のテキストファイル(CSV形式)で記述された下記の出力パラメータが存在する場合は、それを読み込んでシミュレーション結果に設定する(シミュレーション時には計算を行わずに読込んだ結果をそのまま表示する)。
・ GDP(時間tの関数):GDP(t)
・ 経済主体構成モデル(時間tの関数):m(t)
・ 売買行列(時間tの関数):S(t)
・ 競争力ベクトル(時間tの関数):f(t)
・ 成長係数ベクトル(時間tの関数):g(t)

2.1.3.2. 入力パラメータ設定(画面入力)
(1) シミュレーション終了時間:TE
シミュレーション終了時間は、CSVファイルの事前設定値がない場合はデフォルトで30年となっており、10年単位(最大値は50年)で選択入力(変更)することができる。

(2) 研究開発投資額ベクトル(時間tの関数):d(t)
次のそれぞれのパラメータを選択入力して各投資関数を登録する(画面入力では数字を直接設定できなくて構わないが、設定数値の表示は行うものとする)。
・ 研究開発投資ドメイン(いずれかのドメインを選択)
・ 投資パターン(固定/減少のいずれかを選択)
・ 投資金額(大/中/小のいずれかを選択)
・ 投資開始年度(シミュレーション期間の中の年を選択)
・ 投資期間(1/3/5/10年のいずれかを選択)
投資関数は複数登録することができ(画面入力は研究開発投資ドメイン毎に1つずつ登録する形も可)、投資関数を選んで選択内容の修正を行うこともできる。

2.1.3.3. 出力パラメータ表示(画面出力)
(1) GDP(時間tの関数):GDP(t)
横軸を時間(t)とし縦軸を金額とするグラフ上にGDP(t)をtの経過に応じて逐次追記する形でグラフ表示する。

(2) 経済主体構成モデル(時間tの関数):m(t)
各セグメントのアイコンの大きさをセグメントサイズの相対比に応じて変化させて、逐次アニメーション表示する。セグメントはエージェントと人間にグループを分けて、エージェントと人間の相対比に応じてグループの大きさを変化させて表示する。

(3) 売買行列(時間tの関数):S(t)
各セグメントのアイコン間の矢印により、対応するセグメント間の売買の大小が分かるように、逐次アニメーション表示する。

(4) 競争力ベクトル(時間tの関数):f(t)
各セグメントのアイコンの境界等により、対応するセグメントの競争力の大小が分かるように、逐次アニメーション表示する。

(5) 成長係数ベクトル(時間tの関数):g(t)
各セグメントのアイコンの色等により、対応するセグメントの成長係数の大小が分かるように、逐次アニメーション表示する。

(6) 研究開発投資額ベクトル(時間tの関数):d(t)
横軸を時間(t)とし縦軸を金額とするグラフ上に各投資関数(ドメイン毎に合計して色分け)を逐次グラフ表示する。

2.1.3.4. 出力パラメータ書き出し
 シミュレーション完了時に、下記の入力パラメータおよび出力パラメータをCSV形式のテキストファイルで書き出すことができる。
・ シミュレーション終了時間:TE
・ 研究開発投資額ベクトル(時間tの関数):d(t)
・ GDP(時間tの関数):GDP(t)
・ 経済主体構成モデル(時間tの関数):m(t)
・ 売買行列(時間tの関数):S(t)
・ 競争力ベクトル(時間tの関数):f(t)
・ 成長係数ベクトル(時間tの関数):g(t)


2.1.4. シミュレータの事前設定パラメータについて
 エージェントネットの経済効果シミュレータプログラムの検証においては、今回は次の事前設定パラメータを利用する。

2.1.4.1. 基本的な事前設定パラメータ
 経済主体構成モデルのセグメント数、研究開発投資のドメイン数、シミュレーション開始時間、シミュレーション時間間隔については次のように事前設定値を定める。
・ 経済主体構成モデルのセグメント数:M=4, N=4
・ 研究開発投資のドメイン数:K=6
・ シミュレーション開始時間:T0 = 2005年4月
・ シミュレーション時間間隔:Δt = 1年

2.1.4.2. 経済主体構成モデルに関する事前設定パラメータ
 人口予測(時間tの関数)については、各セグメントサイズhj (t) を人口統計等に基づいて事前設定する。
 経済主体構成モデル初期値ベクトルについては、初期値ベクトルm(T0) の各エージェントセグメントサイズは0(ゼロ)に事前設定し、各人間セグメントについてはhj (t) に基づいて決定を行う。

なお、検証用の各事前設定パラメータ「投資効果係数行列」の各値については、次のような観点から設定値を定めた。

(1) ハードウエア「センサ系」について
センサとしては、CCD、GPS、エンコーダー、加速度計などがあるが、特殊なセンサを除きロボットやエージェントに必要なセンサは現状で既に存在しているため、研究開発投資を増やしてもエージェント増大にはつながり難いと考える。

(2) ハードウエア「駆動系」について
駆動系の主なものはアクチュエータ(特にモータ)と考えられるが、研究投資効果はセンサと同様に少ないと考える。

(3) ハードウエア「電子デバイス系」は特にエージェントシステムに適したCPUの開発や、処理高速化熱量を下げる電子技術の開発は全ての機器のレベルを持ち上げる可能性があり、研究開発の効果は大きいと考えられる。

ソフトウエア「音声・言語系」
ソフトウエア「映像・空間系」
本研究では、実現可能性調査を目的としてシミュレータの試作実装および評価を行うため、試作シミュレータは様々なPC上で単体プログラムとして実行可能であることが望ましい。将来的にはネットワーク上のWebアプリケーションとして提供することも考慮し、本研究で試作するシミュレータは、Flash実行PlugInを組み込んだWebブラウザ上で単体動作するFlashプログラムとして実装を行うものとする。シミュレータのシステム構成は、次の図の通りとする。


本研究で試作するシミュレータのシミュレーションアルゴリズムでは、事前設定パラメータおよび入力パラメータによって与えられたシミュレーション開始時間T0からシミュレーション終了時間TEまでの時間をシミュレーション時間間隔Δt毎に分割し、次の図に従って初期値から計算を繰返すことにより各パラメータを算出する。本研究で試作するシミュレータの画面遷移は、次の通りとする。


また、シミュレータの各画面の構成は、次の通りとする。


6.大規模シミュレーション化の研究課題
 シミュレータプログラムの実現可能性調査において試作実装したシミュレーションアルゴリズム等を拡張することにより、将来的にスーパーコンピュータを用いての大規模シミュレーションを行う際の課題等をまとめる。本研究のシミュレーションプログラムでは、Flash実行環境を用いてシミュレーション出力パラメータの表示を行っている。残念ながら、Flash実行環境においてはファイル等による入出力パラメータやメモリ上の計算パラメータのサイズに関するスケーラビリティに事実上の限界があり、数MB~十MBを超えると性能が著しく低下するという現象が観測された。元来、Flash実行環境はシミュレーションのような膨大な計算を行うという用途に対応したものではないため、スケーラビリティを考慮した実行環境としては、Flash以外の実行環境との組合せが必須になると考えられる。
 シミュレーションのような膨大な計算を行うことが可能なFlash以外の実行環境のうちで、FlashプログラムとHTTP通信等により連携を行うことが比較的容易だと考えられる環境には、Microsoftの.NET環境とJava環境を挙げることができる。このうち、Microsoftの.NET環境については、現時点ではOSがWindowsプラットフォームに限定されてしまうという問題がある。これに対し、Java環境はWindows以外にLinux等の各種UNIXプラットフォームでも利用することが可能であり、シミュレータの今後のスケーラビリティの向上を考える上では、FlashおよびJava環境の組合せが最適であると考えられる。
 本研究の試作シミュレータにおいては、大規模なシミュレーションを実行することは範囲外とし、シミュレーション規模については、経済主体のセグメント数(M+N)最大20、ドメイン数(K)最大10、シミュレーション反復回数((TE -T0 )/Δt)最大100までを検証範囲としている。しかし、今後のシミュレーション拡張を考えていく上では、シミュレーションモデルの詳細化が必要となり、各種エージェントを想定して研究開発投資分野をより細かく分類することにより経済主体セグメント数やドメイン数は増大し、時間精度を上げるために反復回数も増える(Δtが小さくなる)ことになると考えられる。

7.おわりに
 ロボット経済モデル化に関する研究結果として得られた経済シミュレーションモデルに基づいてロボットの経済効果シミュレータプログラムを実現する上での具体的な課題、および、課題を明確化するために行った経済効果算定シミュレータプログラムの試作実装・評価に関して、今後のシミュレーションアルゴリズムの進化、シミュレータの画面構成の工夫、地球シミュレータ等による大規模シミュレーション、アルゴリズムのスケーラビリティが課題となる。

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