2014年1月12日日曜日

組織間関係とマトリックス構造――中国政府との共同研究

組織間関係とマトリックス構造――中国政府との共同研究


○清家彰敏・馬淑萍



1.序論

本研究は、中国政府と日本側研究グループにおける「日中産業競争力比較」共同研究2013年~2015年の基礎となる研究である。日本の有力企業は巨大な企業集団を作っている。中国の「中央企業」と呼ばれる中核国有企業100社は巨大な企業集団を作っている。この企業集団に属する各企業の関係は、組織間関係論で理解される。本研究は、組織間関係がマトリックス構造で理解できること、そのマトリックス構造の中における管理機能の多能化の試みについて、小売流通企業集団の事例で説明を試みる。
 日本の産業は、企業グループ、企業における大衆化、競争化、多能化を特徴とする。このうち大衆化は無数の商品、改善、イノベーションのアイデアをもたらす。本研究は日中の企業集団における組織間関係において、マトリックス構造と管理について日本企業が優れた面については中国企業への理論移転について考察する。
 日本企業において意思決定が遅い理由のひとつは部下のレベルが高く、多能化しているのに、上司が多能化していないためではないか、と考えている。マトリックス組織では部下は行と列の2つの職能を担当する。それなら、上司も行と列の2つの管理を担当すれば、より的確な管理を行うことができる。それが多能管理者である。

2.多能管理者への要請

 マトリックス組織[1]は、世界の企業、企業グループ、各国の産業の構造の設計理論であり、日中連携、TPP、アジア統合などの構造を論じる際の理論である。マトリックス組織の多能管理者について論じる。トヨタ自動車は201336日、同年41日から自動車部門に「事業ユニット」と呼ぶ組織を新たに設ける社内再編を発表した。開発、調達、生産など機能別に分かれている現行の体制に、高級車「レクサス」、日米欧の先進地域、新興国地域、部品の4ユニットで横串を刺した。いわゆるマトリックスな組織構造を採り入れる。各ユニットはそれぞれが全機能を持つとともに、収益責任も負う。レクサスは社長直轄、その他の3つは副社長がトップを務め、それぞれがバーチャルカンパニーとして運営される。豊田章男社長は「グローバルで600万台程度まではリニアに成長できた。しかし、それ以上の規模になるとトップ1人ではカバーしきれない。過去、大きく拡大したものの、一転して赤字に陥り迷惑を掛けた」と説明する。

マトリックス組織の「列」が開発、調達、生産などの機能別、「行」が高級車、先進国、新興国、部品4ユニットである。行が社長、副社長であると、列のトップはそれに対抗できない。部下は列のトップの発言を無視するといった事態が起こりかねない。

その問題を解決するのが、行と列のトップを併任する多能管理者である。日本のように現場から多くのイノベーションが出てくる組織では、情報源が多様で多面的な意思決定ができる多能管理者は有効である。①ガラパゴスといわれるほど、日本企業は企画、技術開発、改善提案が多い、その審査・評価の際、単能管理者より多能管理者が的確な意思決定を行うことができる。②「多角化の罠(具、加藤2013)」で、本業以外に多角化するとやがて本業以外の取締役が多くなり、本業への投資が妨げられ、本業が衰退する[2]。この多角化の罠は管理者の多能化による情報源の多様化で改善されうる。

また今後日本では人口減が進み、高齢化で労働力が減少する。中国もやがて人口減の時代が来る。人材の多能化、多能管理者は大きな意味がある。また、今後、情報通信、人工知能は急速に進歩し、多能管理者を支援することになる。
 
3.マトリックス組織管理者の多能化
 
 マトリックス組織は2次元で組み合わされる。多い事例は職能・製品、店舗・製品、職能・事業である。3次元になると、大変複雑になる。大企業に多い事例は職能・事業・地域の3次元である。マトリックスの行列の候補は、職能別、事業別、製品別、顧客別、地域別、時間別、プロジェクト別、ビジネスプロセス別など考えられる。4次元、5次元も考えられるが、次元が上がるほど複雑になる。実用的には2次元が理解しやすい。3次元になると例えば、地域1次元を独立させて、地域本部ごとに職能・事業マトリックスの2次元にすることがある。また小売流通関係においては店舗と製品の2次元マトリックスが多い。本研究でも理解しやすくもあって、先進事例として以下取り上げるのは、小売流通業である自動車用品販売のY社の店舗と製品の一般的な2次元マトリックスである。したがって、2次元マトリックスについて多能管理者のイメージを構築する。仮説は以下である。
 
4.仮説

1)多能管理者は情報収集上で優位であり、日本企業の意思決定の遅さを解消する。
2)内部組織におけるマトリックス組織では、構成員(一般社員)は行と列の2職能を果たし、多能化する。列は店舗、行が製品であれば、店舗と製品の両方の職責を果たす。
3)しかし、管理者は行か列のどちらかの職能のみを担当する事例が多くみられる。店長、製品統括リーダーの多くは単能である。多能から単能になる。
4)しかし、トップになると当然全社全職能を考えるから、多能的になる。単能から多能になる。
5)多能化した一般社員が、管理者になって単能化、またトップになったとしたら多能化するのは、一貫性がない。管理者も多能化すべきではないか。
6)多能化すれば、部下の提案には同じ多能の視野で応対できる。店長だから、製品に関する提案に対して冷淡になるとか、がなくなる。
7)多能化すれば、トップ、社長の指示に対して、自店の問題でないからとかと縦割りで消極的な対応をするということも少なくなる。
 
5.地域・事業マトリックスの場合(事例研究)
 
1)概要

自動車用品販売会社Y社は店舗・製品の2次元マトリックス組織である。N地域に店舗は9店舗(本店、A店、B店、C店、D店、E店、F店、G店、N整備工場)、製品はタイヤ、AV、用品、PIT・板金、車検・車販の6製品系列である。各店舗の従業員数は1020名である。マトリックスの店舗側から階層をみると、店長、副店長、店舗リーダー、サブリーダー、一般の5階層である。製品系列側から階層をみると、製品統括、製品サブ統括、製品リーダー、製品担当の4階層である。
 
2)マトリックス「列」店舗における昇進(大卒)

店長、副店長、店舗リーダー、サブリーダー、一般の5階層である。

  一般職     22歳〜25歳、一般職(資格12等級)。入社すると、店内会議に参加する。
  サブリーダー  26歳になるとサブリーダーになる。(資格23等級)職務はリーダーのサポートである。リーダーの休みの日はサブリーダーとして代行する。マネジメントのOJTを受け、将来のリーダーになるための学習をする。
  店舗リーダー  27歳になると店舗リーダー (34等級)になる。全店に人脈ができ マネジメント能力が問われる。リーダーの能力により売り上げの増減がみられる。
  副店長     29歳になると副店長になり、店舗リーダーも兼務している(34等級)
  店長      30歳、店長(4等級以上)になる。
  店長      32歳、店長 (5等級以上)としてY社の中核となる。
 
3)マトリックス「行」製品系列における昇進(大卒)

製品統括、製品サブ統括、製品リーダー、製品担当の4階層である。

  製品担当   22歳~26歳、入社すると製品担当となり、店内会議以外に製品部門会議に参加する。 製品担当リーダーになるまでは、所属する店舗の製品リーダーの指導のもとで製品を担当する。
  製品リーダー 27歳になると所属する店舗における製品リーダーとなる。マトリックス組織として、製品統括リーダーは店舗リーダーとの併任である。必然的に前述のリーダーへの昇格は、 製品リーダーの職責が果たせる能力に達していることが条件となっている。
  製品サブ統括 30歳店長になることで製品サブ統括になる。
  製品統括   32歳製品統括になる。
 
4)製品部門「行」の役割分担

製品統括=戦略(Strategy)司令塔
製品サブ統括=企画(Plan)、データ、(staff)
製品リーダー 実行(Do) (Line) 
店舗の中に部門(6種類…タイヤ・AV・用品・ピット・車検・車販)の製品リーダーがいる。6人×8店舗=48人である。

6つの製品部門の製品統括は各店の店長が務める。特にもっとも売上に貢献するタイヤ部門のタイヤ総括は本店の店長が務め戦略、全体管理を担当し、タイヤサブ統括2名(B店店長とF店店長)を補佐としてサポートさせ、データづくりと企画を行わせる。この3名は階層構造となる。なおタイヤサブ統括の2人の店長は、B店はT地域にあり、F店はI地域と地域分けがされている。タイヤの需要は地域性が有り、地域の特性を2人のタイヤサブ統括はデータ作り、企画に反映させることを期待されている。
 
5)マトリックス組織の整理および補足説明

店舗と統括部門のマトリックス組織は、整理すると列が店舗8店舗にN整備工場が加わり9店舗と組織上はなっている。行である製品統括は6部門(タイヤ・AV・用品・ピット・車検・車販)である。店長は統括又はサブ統括を兼務する。店長は本店のみが取締役営業部長である。なお整備工場長は店長格であり、ピット統括を兼務し、役員である。(整備工場:従業員10) 。リーダーはマトリックス組織で店舗リーダー(列)・製品リーダー(行)を兼ねている存在である。リーダーは副店長を兼任することも多く、店舗リーダー、製品リーダーには係長職以上でないとなれない。したがって、該当者不在のときは店長が製品リーダーを兼ね、製品サブリーダーを一般職より店長が任命する。ピット長もリーダー職である。例えば、製品リーダーは、本店は副店長2、係長3、一般1である。A店は副店長1、係長1、一般職3である。B店は係長5で一般職は製品リーダーではない。F店は係長3、一般2である。
 
6)上位階層

社長1人がマトリックス組織の上位階層である。社長の下に統括・店長がぶら下がる文鎮型である。社長スタッフとして取締役営業部長、取締役総務部長、取締役財務部長がおり、これは階層外であるが、取締役となっている。上位階層ではないので、マトリックス組織へ命令を下すときは社長を経由する。営業部長は社長不在の際の社長代行である。したがって、取締役営業部長は、社長代行、もっとも売上が大きいタイヤ部門の製品総括、本店店長の4役を兼ねる中核的人材が就任している。

7)本社店長(統括)会 

本社で開催。全店の店長が出席。毎週火曜日9時〜13時。土日の販売の結果が月曜日にでるため、火曜日に行う。本社・店長会議が、PlancheckActionをする。マトリックスの列では、店長以下がDoする。行では、製品部門会議(統括)(各店舗の部門リーダーが参加)、店内会議がDo(実行)を行う。
例えば、タイヤ統括の仕事を例に取る。タイヤ統括は、本店店長が担当、データ収集や企画はタイヤサブ統括のB店店長、F店店長が行い、製品リーダーは各店舗で統括からの指示を実行する。タイヤ統括の仕事はタイヤの管理、マネジメント(タイヤ事業)、各店舗のリーダーに対するマネジメント、接客対応等の教育を行う。製品リーダーの役割は、統括からの指示の実行と全店員への刷り込みである。
 
8)社長コメント

この組織の弊社にとっての大きなメリットは、少数で管理、営業推進が出来、コスト削減にも貢献します。また、店長(統括)は自店(マトリックスの列)の営業成績も大事ですが、担当する製品統括業務(マトリックスの行)の売り上げにも影響を持っているので、他店への協力体制が非常に強くなり、最終的にはメンバー全員のベクトルが合わせやすくなります。少数精鋭部隊になります。

6.事例からの考察

チェーン店は、店舗経営が行われている「列」が基本で、そこに製品を統括する「行」が付け加わって行列、マトリックス組織が作られることが多い。店舗の店長と店員は、店のレイアウト企画、設備改善、顧客の苦情対応、サービスの向上、コストダウン、財務、庶務、人材育成、マニュアル作成などに日々追われている。店員にとって、長期的視点で、チェーン全体の将来に繋がる戦略製品の企画販売を担当することは、必要は認めても煩わしい仕事と思えることがある。店長もつい日々の仕事を優先し、戦略製品に関する仕事を軽視する。部分最適化である。その結果、長期的な視点、チェーン店全体からの視点といったトータルな視点が乏しくなる。それに対する組織的な工夫が製品統括リーダーによる「行」によるマトリックス組織化であった。

店舗と製品のマトリックス組織においては、一般社員は店舗と製品を両方考えて仕事をする。一般社員が昇進して、マトリックス組織の管理者である店長、製品統括になると店舗か製品のどちらか一方だけを考え仕事を行う。一般社員は店舗、製品の二つの面を見ているため視野が広い。組織の上に行くほど店舗だけ、製品だけに専門化して狭くなる。その結果、人材育成の視点で長所と短所の両方が生まれる。長所は店長になると店舗経営に集中できる。製品統括になると製品企画、戦略に集中できる。店舗経営、製品企画販売の専門家になる。といった効果がある。短所は、店長になると店舗以外のことを考えなくなる。例えば、自店の採算が悪化し人件費削減が喫緊の課題となると、チェーン店全体の長期的製品戦略などはどうでも良くなってくる。また製品統括リーダーになるとチェーン店全体の製品販売の長期見通しと将来の顧客サービスのことを考えていると一店舗の経営状況を考えるのが煩わしくなる。

多機能管理者が多くなれば、視野が広くなりプロジェクトや提案が受け入れられやすくなる。今後、多くの国家、産業で優れた多能管理者が登場していくことになる。
 
7.部門・プロジェクトを管理者(=多能管理者)が併任するマトリックス組織の長所

1)会議の場が1回で良い。部門長会議とプロジェクト長会議が同じ場で良い。
2)自分の部門だけでなく全社に関わっているという意識ができる。サブオプティミゼーション(縄張り意識)をなくす。
3)情報の共有化がしやすい
 
8.部門・プロジェクトを管理者(多能管理者)が併任するマトリックス組織の短所

1)職務が二倍になる。(部門長とプロジェクト長)
2)プロジェクトで問題があった場合、部門長として責任を果たせるのか。
 
9.結語

仮説の検証は進んだと思われる。多能管理者は情報収集上優位であり、その結果日本企業の意思決定の遅さは改善される可能性がある。多能化した一般社員が、管理者になって単能化、またトップになったとしたら多能化するのではなく、管理者も多能化すべきである。この結果、社長コメントにあるように少数精鋭の管理組織となる。

多能化すれば、部下の提案には同じ多能の視野で応対できる。店長だから、製品に関する提案に対して冷淡になるとか、がなくなる。多能化すれば、トップ、社長の指示に対して、自店の問題でないからとかと縦割りで消極的な対応をするということも少なくなる。昇進過程で情報共有、広い視野が継続でき多能管理者は、部下の多くの提案に迅速に対応できる。しかし、管理者の負荷の増大など検討課題は多く、今後、産業ごとの事例を集め検証する必要がある。

情報通信、人工知能の進歩は速い、近未来3次元マトリックス組織の多能管理者が登場するだろう。


[1]SM・デイビス、PR・ローレンス(訳津田達男、梅津祐良)(1980)『マトリックス経営――柔構造組織の設計と運用』ダイヤモンド社
J・ガルブレイス(訳梅津祐良)(1980)『横断組織の設計――マトリックス組織の調整機能と効果的運用』翔泳社
[2]具承垣・加藤寛之(2013)「日韓産業競争力転換のメカニズム――造船産業の事情――」『組織科学』組織学会、Vol.46.No.

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