2011年4月25日月曜日

新成長戦略と4倍速経営への挑戦

はじめに
 日本の産業政策、経営学の研究者にとって国内研究が以前は中心であった。スピードについての議論も国内と海外の比較といった視点が中心であった。産業政策でも財務省・金融庁や経産省など国内に対して海外との比較研究をし、提言を行うことが多かった。ところが現在は日本以外の政府にアドバイスをし、他国の企業を指導する機会が増えてきた。本田技研工業、キヤノンなど海外売り上げが8割を超えようという企業にとって、国内、海外が一体となったスピード研究が必要になる。現在、組織の規模と境界がスピードに与える影響について研究を行っている 。
 著者は10年ほど前に中国国務院(政府)のプロジェクトに参加したのをきっかけに、以降中国政府で、多くの産業政策のアドバイス、国有企業などの行政指導をしている 。東南アジアでもアドバイスを行う。また多くの課題を抱えるインド企業にとって日本の経営学者の指導は貴重である。
 中国の企業経営者と会っていると、40代が中心で、30代も非常に多い。日本でいえば係長からようやく課長になる年齢である。中国政府と経営者比較研究を8年続けているが、経営者の平均年齢は40歳前半、取締役層が30代後半であり、中核社員は若い 。
 日本の60代の経営者は中国の若い経営者と話をしていると、父と子どもが会話をしているような感覚になってくる。中国の経営者からみると欧米の若い経営者と話し一緒にビジネスを行うほうがはるかに楽しい。中国の経営者、中核社員は非常に意思決定のスピードが速い。日本企業の3倍早いのではないかと直感的に感じている。経営者の仕事が意思決定で、中核社員の仕事が企画、開発などであるなら、スピードが3倍早いということは、彼らは日本の経営者、中核社員より3倍多くの仕事をこなすということである。
 日本の経営者、中核社員たちは、こういう若くてスピードの速い経営者、幹部社員たちと今後世界で戦っていかなければならない。走るスピードが3倍違うサッカー選手が対戦しているゲームを想像して欲しい。現実にも走力で100メートル1秒差があればゲームにはならない、まして走力が3倍違えば勝敗は明らかである。これは日本企業の経営者と幹部社員の大きな課題であり、挑戦すべきテーマである。
 日本企業はスピードが遅いと多くの国際的な場でいわれる。経営指導の折、幾度と無く海外と日本企業の商談の仲介をした。成功率は低い。日本企業の経営者は結論を半年1年延ばしても平気である。中国などの新興国の経営者にとっては日本の半年は1年半、1年は3年経過したとの意識である。とても待てない。商談がダメになる例は枚挙にいとまがない。一般に意思決定が遅いから経営のスピードが遅いといわれる。しかし、遅いといわれているのは意思決定だけなのか、それとも別の要因があるのか、これをまず考えてみたい。
 中国の政策担当者の興味関心事を見ていると、日本の高度経済成長期の末期からの政策を勉強している 。高度成長から安定成長に移行する政策を考えている。中国は10%成長が30年も続いているので、そろそろ成長のスピードが低下すると政府(国務院発展改革委員会、発展研究中心 )は考えており、そのときにどのように国有企業が変わっていくべきか、が研究課題となっている。日本政府・企業が1970年代何をやっていたのかは重大な中国政府の関心である。
 しかし、2010年代の中国のスピードは日本の1970年代より3倍速いといった印象を持っている。

1.4倍のスピード開発と日本型モデル
 今回の議題を、スピード目標「4倍」としたが、中国と日本の経営では、前出のように3倍のスピード差を体感している。では、スピードが遅いと何が問題になるのかというと、若手の経験が蓄積しない。遅いと若手が若いうちに経験できることが少なくなる。が、日本のようにスピードが遅いと新入社員は2つか3つのプロジェクトを経験しただけで定年になってしまう 。若手に成長の機会と場を与えられないのである。
 中国、インドなど新興国では、今後10年以内に10億戸以上の住宅建設が予定されているとの見方がある。10億戸の住宅用に、自動車、家電、日用品が売れる。このとき、10億戸の住宅用に新幹線、高速道路、スマートグリッド、水ビジネスなどで多くのプロジェクト、膨大な投資が起こる。このプロジェクトの受注においてもスピードが鍵になる。
 新興国では、開発投入と資金回収でスピードが求められる。中国では、新幹線を数年で輸入代替、内製化した。既に新幹線は中国の新ビジネスになっており、今後、国内新幹線の総延長は日本の2倍以上になり、海外受注が焦点となっている。
 私見ながら日本企業の経営者がサムスンと競争するには2倍くらいのスピードが必要だが、中国相手では3倍以上必要で、上海での3年間勤務は日本の9年から12年分と同じである。日本本社でプロジェクトを慎重に1年検討して中国へ回答すると中国の感覚では3年以上経っていて、もうすべてのプロジェクトは終わっていて、遅れての回答にあきれられる。これを私は「浦島太郎現象」と呼んでいる。浦島太郎現象が日本と海外のあらゆるところで起こっている。
 では、日本型モデルはなぜ遅いかを考えてみると、組織構造の違いが原因の1つであることがわかる。図表1は、食品関連業界における日米比較である。米国については穀物メジャーであるカーギル社を中核にした事例を構造化し、日本については総合商社を中心とした構造を図示し、企業名も一部取り上げている。














図表1 日米企業の組織構造の違い(表示されないね(^^))
 日本の組織間関係は米国穀物メジャーのような上流が下流を支配し、トップダウン的に戦略を決めるという構造になっていない(図表1)。
 米国カーギルは年商10兆円近い穀物メジャーであるが、日本の総合商社を中心とした組織間関係と比較すると、トップダウン型の組織になっていることがわかる。米国の穀物メジャーを中心とした構造は上流支配で、優秀なトップが決定する。経営陣が意思決定権を持ち、戦略・研究所・大学と企画し、下流を従属させ目標を一気に実行させる。トップとマーケットの間は一直線であり上流で戦略商品が決まると下流は従う。強みは戦略部門である。
 これに対し、日本の場合は下流が強い。顧客に対してどういう食品を提供していくかについて現場のリーダーが主導して商品を開発、改良していく。下流は、①顧客に対して安全で衛生的、高い品質の商品へと工程を改善する生産技術、②顧客が好む食品を営業の中から開発し、提供する開発営業(開発型営業)に優れる。下流の生産技術者・開発する営業担当者の中でリーダーシップをとる現場リーダーが強い。
 下流勝負の日本に対して上流勝負の米国という構図が図表1である。日本の総合商社を中心とした構造は、下流部門の多くの企業(中小企業が多い)の技術者、営業員などが顧客に個別的に対応する。下流部門は多くの企業、個人で構成されており、各個が自己組織的に顧客最適化を目指す。そのため、全体最適化を目指す経営層はコントロールが非常に難しくなり、必然的に意思決定スピードは遅くなる。特に、下流の現場リーダーの数は多く、上流の経営者の数は少ない。下流の多くの現場リーダーが顧客に忠実に状況に合わせ商品開発を行うと、上流の経営者によるコントロールは非常に難しくなる。
 また、図表1で、日本では下流部門だけでなく、その下流を支援する中流部門にも多くの人がいてそれぞれの立場で意思決定に関与し、構造全体として、スピードを遅くする原因となっている。特に日本の中流には中間管理者が多く、経営に時間がかかる原因となっている。

2.仮説と検証
 ここで、4つの仮説を提示したい。
1 スピードには「早い・速い・疾い」の3種がある。
2 情報通信ソフト、クラウドコンピューティングなどでどこまでスピードが上がるか。
3 トヨタ生産方式などの経営手法でどこまでスピードが上がるか。
4 ビジネスプロセスを「内段取り」、「外段取り」に分けスピードを上げる。

 将来課題として「第5仮説インフラとプラットフォームでスピードを上げる」ことを研究しているが、まだ途上であり、今後の課題としたい 。

(1)スピード3型
 「早い」企業の代表はグーグルである。「速い」企業はプロセスが優れているという意味で、シーメンスや多くの日本企業がこれに対応する。ドイツ型は計画、日本型は実行ともいえる。ドイツ人は計画に強い。それに対して日本人は、計画はなかなかしっかりした計画は作れないが、実行段階では凄い。日本型の速さは実行部分を中心とするものである。また、トヨタ生産方式も「速い」といえる。1980年代に日本の自動車産業が世界にデビューし、この時代日本企業は速かった。
 「疾い」企業は例えば営業の「切れ味」といった表現が適当である。三菱電機など多くの企業の現場における特定の個人などにみられる。重厚長大の企業であっても、判断と状況を掴んだスピード感覚を身につけているとスピードは疾い。「早い」は天の時、「速い」は人の和、「疾い」は地の利とでも言えるかとも思う。状況をどう見極められるかということである。

(2)情報通信・クラウド・トヨタ生産方式
 また、情報通信、クラウドなどで実際どれくらいスピードが上がっているのかの検証や、トヨタ生産方式という、日本が世界に広めた「最強ブランド」が、スピードの向上という点でどれくらいの効果を上げているのかも検証したい。

(3)ビジネスプロセスの分割
 最後にビジネスプロセスにおける内段取りと外段取りを検証する。日本企業は内段取りにあたるプロセスが長すぎ、処理に時間がかかっていると見られるが、プロセスからかなりな工程を、外段取りに出すことでスピードが上がると予想できる。

おわりに
 日本の企業はトップダウンの早い意思決定はできないが、現場リーダーは非常に優秀である。実際、優れた新商品が多く生まれている。新商品を出すのは、欧米ではエリート層の仕事なのだが、日本では多くの現場リーダーが開発している。例えば、コンビニなどの食品業界全体で数万人という人が顧客の好みを考えて工夫、改良、新アイデアを付加し、新商品を出している。この多くの商品が、顧客を満足させ、安全な商品を提供していくという組織間の構造は日本型の特徴である。
 この長所を保持したままスピードを上げて行くにはどうしたらいいのかを考えていきたい。

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