知的財産(知財)についての政策、戦略が世界各国で重要になってきている。米国政府が知財戦略を構築したのは、1980年代であり、その知財戦略に対して、欧州は80年代の追従戦略から、90年代はデジュール・スタンダードを形成し競争戦略を展開、日本はそれに対して政府は終始追従戦略を取るのに対して、民間はソニー、パナソニックといった企業が競争戦略を展開してきた。
本研究は、この間の知財戦略の変遷を分析し、知財戦略の史的考察を試みる。
知財戦略は、家電、自動車、素材といった製品に関するハードウェア戦略、コンピュータプログラムを中心としたソフトウェア戦略、商標を中心とした商標戦略の3つに分けて考察することができる。1980年代、ハードウェア戦略で、日本が最終的に勝者となった。1990年代、ソフトウェア戦略で米国は勝者となり、2000年代、2010年代中国を中心とした商標戦略に欧米日は悩まされている。
知財を定義するにあたり、本研究では知財は、情報との関係で規定できると考えている。情報は、現在、資料・文献・写真・映像と言った紙、フイルム等とコンピュータ記憶の大きく2つの媒体に蓄積されている。前者はアナログ情報が、後者はデジタル情報が中心となっている。前者の情報量の伸びに比較して、後者のコンピュータ記憶は級数的に増加しており、インターネットを中心に世界で膨大な情報の蓄積、利用が行われている。
情報の利用に関して、何らかの制約を加えようというのが、法律、暗号、エージェントの3つである。法律は罰則が、暗号は解読の手間が、エージェントはその知的選択が、情報の自由な利用を妨げる。知財権は、法律の中で芸術、科学、技術、産業等の活動の利用に関する法律であり、その内容はインターネットを中心とする将来のサイバースペースの中に拘束と制限を加えるものであり、リアルスペース内の土地の区割りといったメタファーで、規定することができるものである。リアルスペースにおいて、隣に土地があって、そこを利用すればより素晴らしい家が建設できると思っても、そこが他人の土地であれば、素晴らしい家の設計はやり直さなければならない。それと同様に、インターネットの中のサイバースペース内で、いかに素晴らしい情報を見つけて、それを使えば、画期的な発明が出来ると思っても、それを行えない、それが知財権と情報の関係である。
知財権は、独占排他的な利用を特定の個人に許すことで、情報の利用に関して拘束と制限を加え、そこから情報戦略の中の一分野として、知財戦略を成立させる。例えば、インターネットの中のサイバースペースでは、無秩序な情報の蓄積、無制限での利用が期待される。それは、社会の創造活動にとって大きな意味があると思われる。しかし、その結果、情報の創造者にとっては、その権利を保護されないことになり、その保護に関して、なんらかの法的制約が期待されることになる。
インターネット上では特に自由な情報の利用が妨げられるかどうかは、大きい問題であり、サイバースペース内で、本来自由にアクセス利用できる情報に対して、法律、暗号、エージェントはその利用を妨げる。しかし、妨げるのと逆に、法律、暗号、エージェントは情報の利用を促進する役割も持っている。情報公開法は、明らかに国家、地方自治体の情報の利用を促進する現象がみられ、暗号はインターネット等のサイバースペースでの蓄積に適さない個人、企業情報についてもその蓄積と、特定の暗号解読キーを持ったコミュニティ内での情報の利用を促進する。また、エージェントは検索ロボット等で、情報の利用を促進する。
知財理解のパラダイム変遷
知財の利用に関しては、その「地図」の相違で2つのモデルが存在しうる。そのモデルは自然物を対象とする産業と人工物を対象とする産業で異なると考えられる。自然物を対象とする産業は、鉱工業、化学、食品、医薬品等であり、人工物を対象とする産業とは、機械工業、電気機械工業、輸送機械工業、建設業等である。
自然物は、知財の創造に関する地図は「造物主の意思」として存在していると考えられる。素粒子、原子の構造、生命の設計図といった表現がされ、ゲノムはその典型である。その産業に従事する科学技術者にとって、それは理解・分析の対象であり、知的好奇心の対象として、地図が作られ、その地図の世界の中で、産業行為として知財の創造が行われる。
それに対し、人工物は、知財の創造に関する地図は、日々の人間の営みによって更新される。将来の家電、自動車、船舶、飛行機、ロボットを創造する際の地図は、今後、どのような夢を誰が描くかで大きく変わっていくことになる。自然物に関する地図は、太古より存在した原子・生命を理解・分析して作成されるのに対して、人工物の地図は、人間の生み出した商品群から想像・総合によって日々連続的に作成される。
自然物を対象とする産業における知財戦略は、地図を早く解読し、その地図から俯瞰し、的確に競争企業を凌駕する戦略を立てた企業が有利になる。現在、ゲノム解読と医薬品・食品産業における知財戦略はこれで理解できる。
それに対して、人工物を対象とする産業における知財戦略における地図は、顧客の総意のもと商品企画者、科学技術者、経営者の顧客代理行為によって形成される。これは、国政における国民と行政の関係に似ており、国民に相当する顧客の総意を受けて、顧客代理行為で商品が作られ、そこから意図的に商品に込められた戦略構想が付加され地図が形成される。マイクロソフトによるデファクトスタンダードの形成、ソニー、パナソニック、韓国等が主導する業界標準の企業連合、欧州連合によるデジュール・スタンダードの提唱等は、すべて人工物の地図の作成行為と規定できる。
上記のように地図の性格の相違は、知財戦略を大きく変化させる。自然物の産業においては、地図は未知であるというだけだから、先に地図を見たものが勝ちであり、未来から現在が決まる。ゲノムの地図から病的遺伝子を特定し、それに関する特許の取得といった未来への布石が、現在の知財戦略となる。地図は、正しい地図と間違った地図が共存する可能性はあるが、本来世界はひとつであり、その正誤は歴史が証明する(自然物の産業は科学の成果を利用する産業であり、科学史の中で位置づけられる。また科学と宗教の類似点と相違点と古今論議されてきた点であり、前記の地図の概念とその利用は、宗教史における教義の概念と布教の原理に良く似ており、宗教史のアナロジーがその理解に有効と思われ、知財戦略に宗教戦争のモデルが応用可能かもしれない)。
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