2010年9月4日土曜日

美の経済学と観光哲学の模索(1)



1.美の事業創造と観光地経営に関する3つの原理

 美の事業創造、観光地経営を説明できる新たな3つの原理を提案する。それは「美の同質化」「美の完結性」「美の転写性」の3つの原理である。美の市場では、新たな美の創造、活用における成功モデルが登場し、支配的原理となり、そのモデルがまた3つの原理で変質していくことになる。 

1) 美の同質化の原理

 美の同質化は、社会のあらゆる組織、個人の行動において見られる。世界の放送局の映像には差がなくなりつつある。個性、差異が見つけられなくなったのは、日本だけではなく、欧米諸国にも共通の現象である。この現象は情報化と組織、個人の行動の関係のもっとも基本的なものとも考えうる。かつてはNHKとBBCは明確なコンセプトの違いをその映像に具現化していた。ところがその差は年々無くなっていっているようにも見える。
 情報の共有化が進むと、例えば、NHKの組織構成員が何を考えているか、どのような美の戦略、技術、商品企画を持っているかが、BBCにもCNNにも即座に分かってしまう。それに対抗して競争企業は組織的に準備することが可能となる。したがって、1社が新しい美を発表しても他社はすぐに同じ美を創造することができる。このことは競争企業がNHK、BBCに対しても同じ対応を行うことができることを示している。美の創造、活用の組織は時間の経過とともに情報共有が進み組織的に美は同質化する。
 これは、以下のメカニズムによっている。情報化が企業組織の同質化をすすめることについては一般に十分認識されていない。20世紀は情報の世紀であり、情報量の急増と情報の保存方法の飛躍的向上で説明された。個人の意思決定過程が類似してくるといった側面があるが、それよりも重要なのが組織に対する同質化の圧力である。情報化によって、美を創造する組織の構成員が情報の”海”に浸かることは、(1)些細な創造、販売の失敗についても長期的に記録、保存される、(2)保存された記録はいつ暴露の対象になるか分からない、(3)意図しない行動が自己組織的および計画、編集的に紡がれ、失敗に連座する可能性が常にある、といったことを意味している。21世紀における情報化は人間の社会から「忘却」という言葉を消しつつある。そのことは忘却の人間行動、組織行動における深い意味と機能が失われることの影響について問いかけるものである。これを「忘却のないシステム」と同質化の圧力と呼ぶことにする。
 人間が忘却のないシステムのなかで、自己保身的行動を期するなら、ドラスティックな意思決定を避ける行動はとりわけ合理性を持つことになる。成功者に対するより、失敗者に対する報いがより大きく、1回の失敗が1回の成功で埋め合わせることができないことは世の東西を問わない。この結果、美の創造、活用の組織は、観光地だけでなく、その観光地を企画、運営する地方自治体、企業等も変質させる。成功するより失敗しない組織、「防衛型」組織へと観光地と観光地を支援する機関は変質していくことになり、新しいモデルの挑戦を受ける時まで同質化の傾向は合理性を持つことになる。この組織の同質化は美そのものを同質化させることになる。

2) 美の完結性の原理と観光地の進化

 創造された美が、他の美の存在、特に、活用にどのような影響を与えるかを問題にする。美が創造されると他の美の完結性が低下する。美の創造行為はその美が係わるすべての美の”完結性”を低下させる。
 例えば、「夕焼け」といった美が創られたとする。日没時を忘れる。その夜はテントの前で火を囲み、焼けたイワナをほおばりながら娘と夕焼け談義に時を忘れる。このとき、小さな幸せと娘と分かち合うささやかな美が創造、共有されている。この美に酔いながら、隣の都会的建物をみて、なんてこいつはデザインが悪いのだろうと感じる。このとき、都会的建物は美としての完結性が急激に低下したのである。
 個人、組織は美を創造することで完結された自己を破壊し、再び新たな完結された自己を連続的かつ不連続に形成していく存在と規定しうる。また、社会的存在としての自己は環境との交互作用により、新たな完結すべき(統合すべき)美を内面化することによって破壊され、再び完結されなければならない。
 このような美の完結性が問題にされるとき、その完結性の向上が観光地の進化の原理となる。




3)美の転写性の原理
 創造された美における制限条件としての「美の転写性」という概念を規定することができる。ここでは美の転写性を媒体(商品・サービス)へ転写する効率と規定する。例えば、素材として紙は美の転写効率が良いものの一つである。デジタル化は美の転写効率を良化させる。
 20世紀、多くの商品は美の転写性を上げることを放棄した。その理由は自動車、家電、住宅、家具といった商品は美の転写性が極めて悪かったからである。例えば、自動車は馬車の美を転写したものである。欧州の王侯貴族が創造、活用した馬車の美は転写する際、大変な才能と熟練が必要であり、転写性が悪かった。美の転写性が悪い結果はコスト増をもたらすことになる。ところが、大衆は安価な自動車を渇望した。そのために量産技術で生産コストを下げ、また美のコストを低価格に抑える必要があった。この結果、馬車のまがい物の美を創造し、それで美の転写コストを低減することになった。これが20世紀の自動車である。家電、住宅、食品と展開し、都会にあるすべての店が観光地にまで登場することになった。美の転写性の悪さは、観光地経営にまで及び、世界の観光地は類似し、特色を失うことになった。
 大衆車とは、規模の経済の原理に従って勝者となるために、長年磨き上げた馬車の美を自動車に転写することを諦めた結果であり、まがい物の美を創造(工業デザイン)、活用(量産)した成功でもあった。このように美の転写性は経済、経営の原理を変え、成否を決めることがある。自動車、家電のデザインの場は、美の転写性が悪い商品において、規模の経済を発揮するための体系でもあった。
 工業デザインは20世紀急速に発達し、企業は技術と美の転写性において合理性を持つ形に進化した。それがアメリカ生産方式、フォード方式を応用した商品へのまがい物の美の大量転写であった。20世紀末、科学技術の進歩、マルチメディア化の進展は美の転写性を向上させ、従来大放送局の大型設備でなければ困難であった映画制作、音楽製作、出版をコンパクトになった。この変化は21世紀すべての商品に及び、また影響は現実世界・仮想世界・個人の虚構世界へ急速に拡大していると考えられる。21世紀では、美の転写性が低いため諦められてきた自動車、家電、家庭生活へ、次々王侯貴族の洗練された美の転写が可能になりつつある。本物の美を家庭へと転写しうる時代が21世紀である。

美に関する原理の整理

「美」の「同質性」「完結性」「転写性」は美の事業、美の観光地経営を考える第1歩となる。

2.“美の連鎖”を形成する“観光”

 観光とはその地域を旅することである。しかし、旅は空間(現在)を楽しむだけで無く、同時に時間(歴史)も楽しむ。各地域には歴史があり、その歴史と出会う場は、かつては美術館、博物館にしかなかった。しかし、文化は知識遺伝子として、地域に住むあらゆる人と社会の中に存在する。この人間、社会の知識遺伝子のなかにこそ実は歴史がある。この知識遺伝子は繋がりを持って地域独特の産業を創造した。その繋がる糸が美意識である。知識遺伝子と美意識で結ばれた集団がつくりあげた美の連鎖を考えてみよう。美意識を共有し、評価しあう集団が形成され、完結性が高まり、美の連鎖を形成する。このような美意識の連鎖は、科学者、技術者、産業人にも共通するもので、この評価の輪に参加できた人は、この美の連鎖からの人脈、知識、技術によって支えられ、観光地は美を創造し、進化し続ける、どの地域にもない独自性を持った存在となる。

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